潜水艦とクジラは、一方は人間が造った軍用艦艇、もう一方は海に生息する哺乳類であり、まったく異なる存在です。
しかし、両者には「水中の音を重要な情報として利用する」という大きな共通点があります。
海中では光が吸収・散乱されやすく、遠くまで見通すことが難しくなります。
一方、音は水中を比較的遠くまで伝わるため、潜水艦にとってもクジラにとっても非常に重要です。
ただし、潜水艦とクジラが音を利用する目的や方法は同じではありません。
潜水艦はソナーによって周辺の状況を把握し、クジラは鳴き声によるコミュニケーションや、一部の種類ではエコーロケーションによる周囲の把握に音を利用しています。
潜水艦はソナーで水中の情報を集める
パッシブソナーは周囲の音を受信する
潜水艦で重要になる装置の一つがソナーです。
ソナーには大きく分けて、パッシブソナーとアクティブソナーがあります。
パッシブソナーは、自ら音波を発するのではなく、周囲から届く音を受信して分析する方式です。
船舶の推進器や機械設備などが発する音を捉えることで、水中に存在する対象の情報を得ます。
潜水艦は自ら発する音を敵に探知される可能性があるため、静粛性が非常に重要です。
その意味でも、音を発信せずに情報を集められるパッシブソナーは重要な役割を持っています。
アクティブソナーは反射音を利用する
アクティブソナーは、水中に音波を発し、物体で反射して戻ってきた音を利用して対象を探知する方式です。
基本的な仕組みは、暗い場所で音を出し、その反響から周囲の状況を推測することに似ています。
ただし、軍用アクティブソナーは潜水艦だけが使用するものではありません。
対潜水艦戦などでは、水上艦艇や航空機に搭載された装置などから使用されることもあります。
そのため、クジラへの影響を説明する場合には、「潜水艦のソナー」と一括りにするより、「軍用アクティブソナー」や「対潜水艦戦で使用されるソナー」と表現する方が正確です。
クジラにとっても音は非常に重要
ヒゲクジラ類は鳴き声でコミュニケーションを行う
クジラ類の多くは、音を使って仲間とコミュニケーションを取ります。
特にザトウクジラ、シロナガスクジラ、ナガスクジラなどのヒゲクジラ類は、さまざまな鳴き声を発します。
ザトウクジラの「歌」は特に有名です。
海中では視覚だけで遠距離の相手を確認することが難しいため、音によるコミュニケーションが重要になります。
クジラの種類によって使用する周波数帯や鳴き声の特徴は異なります。
ハクジラ類の多くはエコーロケーションを利用する
マッコウクジラ、イルカ、アカボウクジラ類などのハクジラ類の多くは、エコーロケーションを利用します。
エコーロケーションとは、自らクリック音などを発し、物体から返ってくる反響音を分析することで、周囲の物体や獲物について情報を得る能力です。
この仕組みは、潜水艦などで使用されるアクティブソナーと基本原理に共通点があります。
どちらも「音を発し、その反射を利用する」ためです。
ただし、ハクジラ類のエコーロケーションと軍用ソナーは同じものではありません。
使用する周波数、音の出し方、信号の構造、出力、目的などは大きく異なります。
また、すべてのクジラがエコーロケーションを行うわけでもありません。
潜水艦はクジラの鳴き声を捉えることがある
クジラの音も水中音響環境の一部
潜水艦のパッシブソナーは水中の音を受信するため、条件が合えばクジラなどの海洋哺乳類が発する音も捉えられます。
実際、海洋生物の研究では、水中マイクであるハイドロフォンなどを使い、クジラの鳴き声を検出するパッシブ音響観測が広く利用されています。
潜水艦のソナーでも、海洋生物の音は水中音響環境を構成する信号の一つになります。
ただし、実際の軍用潜水艦がクジラをどの程度の距離から識別できるのか、どのようなアルゴリズムで分類するのかといった具体的な性能は公開されていない部分が多くあります。
そのため、「何km先のクジラまで確実に見分けられる」といった断定はできません。
クジラが潜水艦と間違われることはあるのか
クジラも水中の目標として検出される可能性はある
クジラは大きな体を持ち、水中を移動するため、ソナーで何らかの対象として検出される可能性があります。
また、クジラ自身がさまざまな音を発するため、パッシブソナーにも音響信号として入ってくることがあります。
しかし、「クジラが映ったら潜水艦だと判断される」というほど単純ではありません。
実際の軍用ソナーでは、受信した音響情報や対象の動きなど、複数の情報を利用して分類が行われると考えられます。
具体的な識別性能は公開情報が限られる
潜水艦とクジラでは、一般に音響的な特徴や移動の仕方が異なります。
ただし、軍用ソナーの具体的な探知能力や目標識別方法は機密性が高く、公開情報だけで詳細を断定することは困難です。
したがって、「現代の潜水艦ならクジラと潜水艦を必ず完全に識別できる」と断定するのも適切ではありません。
海中には船舶、波、雨、海洋生物など、さまざまな音が存在するため、実際の水中音響環境は非常に複雑です。
軍用アクティブソナーがクジラに影響することがある
影響の程度はクジラの種類や状況によって異なる
潜水艦とクジラの関係で特に研究されているのが、軍用アクティブソナーによる海洋哺乳類への影響です。
強い水中音にさらされた海洋哺乳類では、音の強さや周波数、距離、継続時間などの条件によって、行動変化や聴覚への影響が生じる可能性があります。
ただし、軍用ソナーを使用すれば必ずクジラが被害を受けるという意味ではありません。
影響は、クジラの種類、個体の状態、そのときの行動、海底地形、水温などによって変化します。
採餌や移動を中断する場合がある
一部のクジラでは、ソナーなどの強い人工音に反応し、行動を変えることが確認されています。
例えば、採餌を中断したり、音源から離れたり、潜水パターンを変化させたりする場合があります。
音による影響は、必ずしも直接的な聴覚障害だけではありません。
クジラにとって重要なコミュニケーション音が人工的な音によって聞き取りにくくなる「マスキング」なども、海洋騒音問題の一つです。
アカボウクジラ類と軍用ソナーの関係は特に重要
アカボウクジラ類は深く潜る
軍用ソナーの影響を考える際、特に注目されているのがアカボウクジラ類です。
アカボウクジラ類は非常に深く潜水し、深海で採餌することで知られています。
また、一部の研究では、軍用アクティブソナーに対して比較的強い行動反応を示すことが確認されています。
ソナー音を受けた個体が採餌を中断したり、音源から離れたりする行動が観察された例があります。
一部の集団座礁と軍用ソナーには関連が認められている
アカボウクジラ類の集団座礁と軍用ソナーとの関係については、長年研究されています。
現在では、対潜水艦戦などで使用される中周波アクティブソナーと、一部のアカボウクジラ類の異常な集団座礁との間には、科学的に重要な関連が認められています。
ただし、これは「クジラの座礁はすべて軍用ソナーが原因」という意味ではありません。
クジラの座礁には、病気、海底地形、海流、気象、群れの行動、餌の分布など、さまざまな要因が関係する可能性があります。
したがって、座礁が起きたという事実だけでソナーを原因と断定することはできません。
ソナーによる座礁の仕組みは完全には解明されていない
単純に「大音量で耳を傷つける」とは限らない
軍用ソナーとクジラの座礁については、「強い音でクジラの耳が傷つき、そのまま座礁する」と単純に説明されることがあります。
しかし、実際のメカニズムはより複雑です。
特にアカボウクジラ類では、ソナーに対する強い行動反応によって潜水行動が変わり、その結果として生理的負担が高まる可能性などが研究されています。
座礁個体の一部では、減圧障害に似た病変が確認された例もあります。
ただし、ソナー曝露から座礁に至るまでの生理学的な仕組みが完全に解明されたわけではありません。
そのため、特定の一つのメカニズムだけで説明しないことが重要です。
クジラは潜水艦の音を聞くことがある
潜水艦からはさまざまな音が生じる
潜水艦も完全な無音ではありません。
推進器、機械設備、船体周辺の水流などによって、さまざまな音や振動が生じます。
さらに、アクティブソナーを使用する場合には、意図的に水中へ音を発します。
こうした音の一部は、条件によってクジラに聞こえる可能性があります。
聞こえるかどうかは周波数や距離で変わる
クジラ類の聴覚特性は種類によって大きく異なります。
そのため、「クジラなら潜水艦の音を必ず聞ける」とは言えません。
音の周波数、音源レベル、潜水艦との距離、背景騒音、水温、深度などによって聞こえ方は変化します。
より正確には、「クジラは条件によって潜水艦や軍用ソナーから発生する一部の音を聞く可能性がある」と考えるべきです。
潜水艦では静粛性が非常に重要
敵に音を探知されにくくする必要がある
軍用潜水艦にとって、できるだけ静かに航行することは重要です。
敵側のパッシブソナーは、潜水艦が発する音を手掛かりに探知を行うためです。
そのため潜水艦では、機械設備から発生する振動を抑えたり、推進器の騒音を減らしたり、水流による音を小さくしたりするための工夫が行われています。
ただし、こうした静音化技術を「クジラをまねたもの」と考えるのは適切ではありません。
潜水艦の静音化は、主として軍事的・工学的な要求に基づいて発達したものです。
潜水艦の形がクジラに似て見える理由
どちらも水中を効率よく移動する必要がある
クジラと潜水艦は、外見上どこか似ているように見えることがあります。
どちらも丸みを帯びた流線形をしているためです。
水中では、形状によって水の抵抗や流れ方が大きく変わります。
そのため、水中を効率よく移動する生物と人工物には、結果として似た特徴が現れる場合があります。
潜水艦がクジラを直接模倣したわけではない
ただし、「潜水艦はクジラの体をまねて作られた」と一般化するのは正確ではありません。
潜水艦の形状は、流体抵抗だけでなく、耐圧性、操縦性、静粛性、推進効率、センサーの配置、乗員区画など、多くの条件を考慮して設計されます。
クジラの体形は長い進化の結果であり、潜水艦は工学的な設計の結果です。
したがって、「水中を移動するという共通条件から、外見上似た特徴を持つことがある」と説明するのが適切です。
潜水艦とクジラが衝突する可能性はある
活動する深度が重なる場合がある
クジラは水面近くにしかいない動物ではありません。
種類によっては非常に深く潜ります。
特にマッコウクジラやアカボウクジラ類などは、深い場所まで潜水して採餌します。
そのため、潜航している潜水艦と活動範囲が重なる可能性はあります。
理論上は、潜水艦とクジラが接触・衝突する可能性も否定できません。
潜航中の潜水艦との衝突情報は限られている
船舶とクジラの衝突自体は世界各地で確認されています。
大型船舶との衝突は、クジラの保全上も重要な問題です。
一方、潜航中の潜水艦とクジラとの衝突については、一般の商船などによる船舶衝突と比べて公開されている情報がかなり限られています。
そのため、「潜水艦とクジラの衝突が頻繁に発生している」と考えるのは適切ではありません。
海軍ではクジラなどへの影響を減らす対策も取られている
海洋哺乳類を監視しながら活動する場合がある
軍用ソナーが海洋哺乳類に与える影響については、各国で研究が進められています。
海軍の訓練や試験では、海洋哺乳類への影響を抑えるための軽減措置が採用される場合があります。
例えば、周囲を監視して海洋哺乳類が確認された場合に運用方法を変更したり、一定の条件でソナーの使用を停止したりする措置です。
また、海洋哺乳類が多く利用する海域や時期などを考慮して活動が計画される場合もあります。
海洋音響の研究にもつながっている
軍用ソナーとクジラの問題は、海洋生物と人工騒音との関係を理解する研究にもつながっています。
船舶、海洋開発、地質調査、軍事活動などによって、人間が海中へ出す音は増えています。
そのため、海洋動物がどのような音を聞き、どの程度の音で行動を変えるのかを明らかにすることは、海洋環境を保全するうえでも重要です。
潜水艦とクジラの関係は「同じ音の世界を共有していること」
潜水艦とクジラの最大の関係は、どちらも「音が非常に重要な水中世界」で活動していることです。
潜水艦はソナーによって水中の情報を集めます。
クジラは鳴き声で仲間とコミュニケーションを取り、ハクジラ類の多くはエコーロケーションによって周囲や獲物を把握します。
そのため、潜水艦や海軍艦艇が発する人工的な音と、クジラが利用する生物学的な音は、同じ海洋音響環境の中に存在しています。
軍用アクティブソナーが一部のクジラ、特にアカボウクジラ類の行動や座礁に関係することがあるのも、このためです。
一方で、「潜水艦のソナーは必ずクジラを傷つける」「クジラは簡単に潜水艦と誤認される」「潜水艦はクジラをまねて作られている」といった単純化は正確ではありません。
潜水艦とクジラの関係を理解するうえでは、両者が水中の音を重要な情報として利用し、その結果として同じ海洋音響環境の中で互いに影響を受け得る存在であると考えるのが最も適切です。
以上、潜水艦とクジラはどのような関係があるのかについてでした。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
















