潜水艦の「ピンガーの音」とは
潜水艦について語られる「ピンガーの音」とは、一般的にはアクティブソナーが発する「ピング(ping)」と呼ばれる音響信号を指していることが多いです。
潜水艦映画やゲームでは、「ピーン……ピーン……」という澄んだ金属的な音として描かれるため、潜水艦を象徴する音のひとつとして広く知られています。
ただし、技術的には「ピンガー」と「ピング」は少し意味が異なります。
「ピング」と「ピンガー」の違い
「ping(ピング)」は、アクティブソナーなどが水中へ送り出す音響信号を指す言葉です。
一方の「pinger(ピンガー)」は、周期的な音響信号を発する装置そのものを指すことがあります。
たとえば、航空機のフライトレコーダーに装着されている水中位置探知ビーコンも「pinger」と呼ばれることがあります。
そのため、潜水艦の記事で技術的な正確さを重視するのであれば、「ピンガーの音」よりも**「アクティブソナーのピング音」**と表現するほうが適切です。
アクティブソナーはどのような仕組みなのか
自分から音を出し、反射音を受信する
アクティブソナーは、自ら水中へ音響信号を発射し、その音が物体に当たって反射してくる「エコー」を利用して対象を探します。
基本的な流れは次のようになります。
音響信号を送信する → 音が水中を進む → 潜水艦や艦船などに当たる → 音が反射する → 反射音を受信する
この仕組みは、電波を利用するレーダーとよく似ています。
ただし、レーダーが電磁波を利用するのに対し、ソナーは水中を伝わる音波を利用する点が大きな違いです。
反射音が戻るまでの時間から距離を求める
アクティブソナーでは、ピングを発射してから反射音が戻ってくるまでの時間を測ることで、対象までのおおよその距離を計算できます。
基本式は、
距離 ≒ 水中の音速 × 往復時間 ÷ 2
です。
海水中の音速は条件によって異なりますが、おおむね毎秒1,500メートル前後です。
たとえばピングを送信してから4秒後にエコーが返ってきた場合、音が進んだ往復距離は約6,000メートルになります。
片道ではその半分なので、対象までの距離は約3,000メートルと推定できます。
ただし、実際の音速は水温や塩分、圧力などによって変化します。
そのため実際のソナーでは、単純に常に毎秒1,500メートルとして処理しているわけではありません。
潜水艦映画の「ピーン」という音は本物なのか
映画では分かりやすく単純化されている
潜水艦映画では、敵のソナーが作動すると、
「ピーン……」
「ポーン……」
といった非常に澄んだ音が一定間隔で響く場面がよくあります。
しかし、実際のアクティブソナーがすべてこのような単純な音を出しているわけではありません。
ソナーの送信信号は、使用する周波数や信号の長さ、変調方式などによって大きく異なります。
そのため、人間が可聴化して聞いた場合でも、「ピーン」という単純な音になるとは限りません。
周波数が変化する信号も使われる
アクティブソナーでは、一定の周波数だけを短時間送信する方式だけでなく、送信中に周波数を変化させる信号も利用されます。
その場合、人間の耳では、
「ピューン」
「ウィーン」
のように音程が変化して聞こえることがあります。
こうした信号を高度な信号処理と組み合わせることで、周囲の雑音の中から微弱な反射信号を取り出しやすくなります。
ソナーの周波数によって音の性質は変わる
低周波ソナー
低周波の音は、一般に高周波の音よりも海水中で減衰しにくい性質があります。
そのため、長距離の探知を目的とするソナーでは低周波が利用されることがあります。
米海軍の長距離低周波アクティブソナーであるSURTASS LFAでは、100~500Hz程度の低周波音が使用されます。
この周波数帯を人間が聞いた場合、比較的低い音として感じられます。
中周波ソナー
中周波アクティブソナーは、対潜水艦戦などで広く利用される周波数帯のひとつです。
米海軍などの資料では、おおむね1~10kHz程度を中周波として扱っています。
この周波数帯は人間の可聴域に含まれているため、実際に再生すると比較的高い音として聞こえる場合があります。
映画で表現される「ピーン」という音に近い印象になることもありますが、実際の音色は信号方式によって異なります。
高周波ソナー
10kHzを超える高周波ソナーも存在します。
高周波は低周波に比べて海水中で減衰しやすいため、一般的には長距離探知よりも、細かな対象の識別や機雷探知などに向いています。
なお、ソナー分野でいう「高周波」と、人間の聴覚でいう「超音波」は同じ意味ではありません。
人間の可聴域は一般的に約20Hz~20kHzとされているため、約20kHzを超える音は通常、人間には直接聞こえません。
低周波ほど遠くまで届きやすい理由
海水による吸収が周波数によって異なる
海水中を進む音は、距離が長くなるにつれて徐々に弱くなります。
特に高周波の音ほど、海水による吸収の影響を受けやすい傾向があります。
そのため、
低周波は比較的長距離向き
高周波は比較的短距離で高い分解能を得る用途に向く
という特徴があります。
ただし、実際の探知距離は周波数だけで決まるわけではありません。
送信出力や海洋環境、水温分布、海底や海面による反射、受信機の性能など、さまざまな条件が影響します。
潜水艦の中ではピング音が直接聞こえるのか
通常はソナー装置を通して監視する
映画では、敵艦がアクティブソナーを使用すると、「ピーン」という音が潜水艦の船内全体に響き渡るように描かれることがあります。
しかし、実際には潜水艦の音響情報は、ハイドロフォンなどの水中音響センサーによって受信されます。
受信された音は電気信号へ変換され、コンピューターで処理されたうえでソナー員が監視します。
つまり、通常は乗員全員が船体を通して生のピング音を直接聞いているわけではありません。
ソナー担当者が装置を通して音を聞いたり、画面上の情報を確認したりしながら分析します。
強い音なら船体を通して感じる可能性もある
非常に強い音響信号が近距離から到来した場合には、船体や内部構造を通じて振動として感じられる可能性はあります。
ただし、これは距離や音圧、周波数、潜水艦の構造などによって異なります。
そのため、「敵のソナーが作動すれば必ず艦内全体にピーンという音が響く」と考えるのは正確ではありません。
敵のピングを聞いたら発見されたということなのか
ピングを受信しただけでは探知されたとは限らない
アクティブソナーのピングを潜水艦側が受信したとしても、それだけで敵側が潜水艦を発見したとは限りません。
敵のソナーから送られた音が潜水艦まで届いていても、その反射音が敵側に十分な強さで戻っているとは限らないためです。
そのため、
敵のピングを受信した
ことと、
敵に探知された
ことは区別して考える必要があります。
ただし危険な状況であることに変わりはない
ピングを受信している場合、敵がその周辺海域をアクティブソナーで積極的に捜索している可能性があります。
反射信号が十分な強さで受信されれば、敵側は対象の存在や距離、方向などを推定できる可能性があります。
そのため、潜水艦にとって敵のアクティブソナーは非常に大きな脅威です。
アクティブソナーを使う側にも弱点がある
音を出すことで自分の存在を知らせる
アクティブソナーには大きな欠点があります。
それは、自ら強い音響信号を発射しなければならないことです。
敵潜水艦を探すためにピングを発射すると、その信号は目標だけでなく周囲にも広がっていきます。
その結果、相手側の潜水艦もアクティブソナーの存在を察知できる可能性があります。
場合によっては、音の到来方向などからソナーを使用している艦艇のおおよその方向を推定する手掛かりになります。
このため、アクティブソナーは敵を探しやすくなる一方で、自らの存在を知らせるリスクも伴います。
潜水艦ではパッシブソナーが重要
自分から音を出さずに相手の音を聞く
パッシブソナーは、アクティブソナーとは異なり、自分から音響信号を発射しません。
周囲から伝わってくる音を受信し、その特徴を分析して対象を探します。
潜水艦や艦船からは、
- プロペラや推進器による音
- 推進機械による振動
- モーターや補機類の音
- 流体による騒音
- 船体周辺の水流による音
など、さまざまな音響エネルギーが水中へ放射されます。
パッシブソナーはこれらを検出し、対象の存在や特徴を分析します。
潜水艦が静粛性を重視する理由
潜水艦では、自分の位置を知られないことが非常に重要です。
そのため、現代の潜水艦では機械の振動を抑えたり、推進器から発生する騒音を減らしたりするなど、静粛性を高めるためのさまざまな工夫が施されています。
パッシブソナーは自ら音を出さないため、潜水艦のステルス性と非常に相性のよいセンサーです。
その一方で、対象までの距離を直接求めにくいなど、アクティブソナーとは異なる制約もあります。
ピングとピングの間隔にも意味がある
反射音を待つ時間が必要になる
アクティブソナーでは、音響信号を送ったあと、対象から戻ってくる反射音を受信する必要があります。
遠距離にある対象ほど、音が往復するまでに長い時間がかかります。
そのため、ソナーの送信間隔は探知距離や運用方式と関係します。
ただし、実際の送信間隔はソナーの種類や使用目的、波形、運用モードなどによって大きく異なります。
したがって、「潜水艦のソナーは必ず数秒おきにピーンと鳴る」といった決まったルールがあるわけではありません。
戻ってくる反射音は送信した音と同じなのか
海中を往復する間に信号は変化する
理想的には、対象から反射して戻ってくる音は送信したピングと似た特徴を持っています。
しかし、実際には海中を伝わる間にさまざまな影響を受けます。
たとえば、
- 距離による減衰
- 海水による吸収
- 海面や海底での反射
- 水温や塩分による音の屈折
- 対象物の形状
- 対象物の動き
- 周囲の海洋雑音
などがあります。
そのため、戻ってくるエコーは送信信号よりもはるかに弱く、複雑なものになります。
ソナーシステムでは、高度な信号処理によってこうした微弱な反射信号を検出します。
ソナーではどのような信号処理が行われるのか
雑音の中から反射信号を抽出する
海中には、波や生物、船舶、機械などから発生するさまざまな音があります。
その中から目的の反射信号を見つけるため、ソナーでは複数の信号処理技術が用いられます。
代表的なものとして、
- フィルタリング
- マッチドフィルタリング
- ビームフォーミング
- 周波数分析
などがあります。
こうした処理によって、単純に音を「聞く」だけでは分からない情報を抽出します。
映画でピング音が多用される理由
潜水艦戦の緊張感を分かりやすく表現できる
潜水艦戦では、目視できない相手を音響情報から探す場面が多くなります。
そのため、実際の状況をそのまま映像化すると、観客には何が起きているのか分かりにくくなります。
そこで映画では、
「ピーン……」
という特徴的な音を使うことで、
「敵がこちらを探している」
「敵が近くにいる」
「発見される危険がある」
という状況を直感的に伝えています。
このため、アクティブソナーのピング音は潜水艦映画の代表的な演出として定着しています。
潜水艦のピンガーの音について覚えておきたいポイント
潜水艦で一般に「ピンガーの音」と呼ばれているものは、正確にはアクティブソナーのピング音を指していることが多いです。
アクティブソナーは水中へ音響信号を送り、対象から返ってくる反射音を分析することで、その存在や距離などを調べます。
一方で、実際のソナー信号は映画のような「ピーン」という単純な音だけではありません。
使用する周波数や信号方式によって音の性質は大きく異なり、20kHzを超える成分であれば通常は人間の耳では直接聞くことができません。
また、潜水艦の乗員全員が映画のようなピング音を直接聞いているわけではなく、通常はハイドロフォンなどで受信した信号をソナー装置で処理し、専門のソナー員が監視します。
さらに、敵のピングを受信したからといって、必ずしも自艦が探知されたとは限りません。
その一方で、アクティブソナーを発射する側も自ら音を出すことになるため、相手に存在を察知されるリスクがあります。
このように潜水艦の音響戦では、「相手を探知したいが、自分の存在は知られたくない」という相反する条件の中で、アクティブソナーとパッシブソナーが使い分けられています。
以上、潜水艦のピンガーの音についてでした。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
















