潜水艦のポンプジェットについて

ポンプジェットとは、潜水艦などに用いられる推進装置の一種です。

一般的なスクリュープロペラでは、複数枚のブレードが海水中に露出した状態で回転します。

これに対してポンプジェットでは、円筒状のダクトの内部に回転するローターや固定翼であるステーターなどを配置し、ダクト内部を流れる海水にエネルギーを与えて推力を発生させます。

そのため、ポンプジェットは単純に「プロペラの周囲を筒で覆った装置」ではありません。

ローター、ステーター、ダクトなどを一体的に設計し、推進効率やキャビテーション、騒音などを最適化する推進システムと考えるのが適切です。

とくに一部の現代的な原子力潜水艦では、静粛性や高速航行時の性能を重視してポンプジェットが採用されています。

ただし、ポンプジェットがあらゆる条件で通常のプロペラより優れているわけではありません。

潜水艦の大きさや運用速度、艦体形状、要求される静粛性などによって、適した推進方式は異なります。

目次

ポンプジェットの基本的な構造

ポンプジェットの細かな構造は艦艇ごとに異なります。

また、軍用潜水艦の推進装置は機密性が高く、ローターの形状や翼数、回転数などの詳細が公開されていないケースも少なくありません。

一般的なポンプジェットは、主にダクト、ローター、ステーターなどから構成されます。

ダクト

ダクトは、ローターやステーターの外側を囲む円筒状またはリング状の構造です。

内部を流れる海水を一定の方向へ導き、ローター周辺の水流や圧力分布を調整する役割を持っています。

潜水艦を後方から見た際に、船尾に太い円形の構造が見える場合があります。

それがポンプジェットのダクト部分です。

ダクトの形状は、推進効率だけでなくキャビテーションや騒音にも影響するため、ポンプジェットを設計するうえで重要な要素となります。

ローター

ローターは、ポンプジェット内部で回転する翼列です。

推進軸や電動モーターなどから伝えられた回転力によってローターが回転し、海水にエネルギーを与えます。

水を後方へ加速させるという点では、一般的なスクリュープロペラと同じ役割を担っています。

ただし、ポンプジェットのローターはダクト内部の流れを前提として設計されています。

そのため、通常の開放型プロペラとは翼形状や流体特性が異なります。

ステーター

ステーターは、回転しない固定翼です。

ポンプジェットでは、ステーターがローターより前方に配置される場合と、後方に配置される場合があります。

ローター前方に設置されるタイプでは、ローターへ流れ込む海水にあらかじめ旋回を与えるなどして、ローターに入る水流を整えます。

一方、ローター後方に設置されるタイプでは、ローターによって生じた旋回流を整え、水の流れをより効率的に後方へ向ける役割を果たします。

そのため、「ステーターは必ずローターの後ろにある」と考えるのは正確ではありません。

ポンプジェットで潜水艦が進む仕組み

ポンプジェットが推力を発生させる基本的な原理は、通常のプロペラと大きく変わりません。

潜水艦が前進するためには、周囲の海水を後方へ加速させる必要があります。

水に後方への運動量を与えることで、その反作用として潜水艦には前方への推力が発生します。

ポンプジェットでは、艦尾周辺を流れてきた海水がダクト内部へ入り、ローターによってエネルギーを与えられます。

その水流をステーターやダクトによって整えながら後方へ送り出し、その反作用によって潜水艦が前進します。

「水を吸い込んで後方へ噴射する装置」と説明されることもありますが、高速艇などに採用される一般的な船内型ウォータージェットとは構造が異なります。

潜水艦用ポンプジェットの場合は、艦尾のダクト内部を通過する海水にローターがエネルギーを与えると考えるほうが実際の構造を理解しやすいでしょう。

通常のプロペラとの違い

通常の潜水艦用プロペラとポンプジェットの大きな違いは、回転翼がダクトで囲まれているかどうかです。

一般的なプロペラでは、ブレードが海水中に露出しています。

一方、ポンプジェットではローターがダクト内部に収められ、ステーターなどと組み合わせて水流を制御します。

通常のプロペラ

通常のスクリュープロペラは比較的構造が単純で、潜水艦用として長年にわたって発展してきた推進方式です。

現代の潜水艦では、ブレードを大きく後退させたスキュード・プロペラなどを使用し、騒音やキャビテーションを低減する工夫が施されています。

設計次第では幅広い速度域で高い推進効率を得られるため、現在でも多くの潜水艦で使用されています。

ポンプジェット

ポンプジェットでは、ローターだけでなくダクトやステーターも含めて水流を総合的に設計できます。

そのため、特定の速度域におけるキャビテーションや圧力変動、放射騒音などを抑えるよう最適化しやすいという特徴があります。

ただし、ポンプジェットだから必ず通常のプロペラより静かで効率が高いという意味ではありません。

性能はダクト形状、ローター形状、ステーター配置、回転数、艦尾の水流などによって大きく変化します。

ポンプジェットが静粛化に有利とされる理由

潜水艦では、推進装置から発生する音をできるだけ抑えることが重要です。

水中では音が遠くまで伝わるため、潜水艦自身が発する騒音が大きいほど、ソナーによって探知される可能性も高くなります。

ポンプジェットは、推進器周辺の水流を制御しやすいため、静粛性を高めるための有力な推進方式として利用されています。

キャビテーションを抑えやすい

キャビテーションとは、プロペラやローター周辺の圧力が急激に低下した際に、水の一部が気化して気泡が発生する現象です。

発生した気泡は、より圧力の高い場所へ移動すると急激に潰れます。

この過程で振動や騒音が発生します。

潜水艦ではキャビテーションによる騒音が探知につながる可能性があるため、できるだけ発生を遅らせることが重要です。

ポンプジェットでは、ローター、ステーター、ダクトなどを一体的に設計することで、目的とする速度域における圧力分布や水流を調整できます。

そのため、適切に設計されたポンプジェットでは、キャビテーション特性を改善できる可能性があります。

ただし、ポンプジェットであってもキャビテーションが完全になくなるわけではありません。

ローターの翼面や翼端付近などでキャビテーションが発生する場合があります。

水流を整えやすい

潜水艦の船尾付近を流れる水は、速度や方向が完全に均一ではありません。

艦体の表面を流れてきた海水には複雑な速度分布があり、この不均一な水流が推進器に入ることで周期的な力や振動が発生する場合があります。

ポンプジェットでは、ダクトやステーターを利用してローターへ入る水流や、ローターから出ていく水流を調整できます。

そのため、推進装置周辺の水流を制御し、振動や流体騒音を低減するよう設計することが可能です。

翼端付近の流れを制御できる

通常のプロペラでは、ブレードの先端部分から翼端渦と呼ばれる複雑な渦が発生します。

これがエネルギー損失やキャビテーション、騒音の原因になる場合があります。

ポンプジェットではローターがダクトによって囲まれているため、翼端周辺の流れを通常の開放型プロペラとは異なる形で制御できます。

ただし、ローター先端とダクト内面の間にはわずかな隙間が必要です。

この隙間を通って海水が漏れることで「翼端漏れ流れ」や「翼端漏れ渦」が発生します。

こうした流れも、圧力変動や騒音を発生させる要因になります。

したがって、ダクトで囲まれているから翼端渦が完全になくなるわけではありません。

ポンプジェットのメリット

静粛性を向上させやすい

ポンプジェットの大きな利点の一つが、目的とする運転条件に合わせて静粛性を最適化しやすいことです。

軍用潜水艦では、単純な最高速度だけではなく、相手に探知されにくい状態でどの程度の速度を維持できるかが重要になります。

ローター、ステーター、ダクトを一体的に設計できるポンプジェットは、このような要求に適した推進方式の一つです。

キャビテーション特性を改善できる

ポンプジェットでは、ダクト内部の圧力分布やローターに入る水流を調整できます。

そのため、設計された運転範囲でキャビテーションの発生を遅らせたり、規模を抑えたりできる可能性があります。

潜水艦ではキャビテーション音が探知リスクにつながるため、これは大きな利点です。

比較的高い速度でも静粛性を確保しやすい

ポンプジェットは、単に潜水艦の最高速度を高めるためだけの装置ではありません。

むしろ、比較的高い速度域でもキャビテーションや推進騒音を抑えられるよう設計できることが重要です。

そのため、高い航行性能と静粛性の両方を求められる大型原子力潜水艦との相性がよい場合があります。

推進装置全体を一体的に最適化できる

通常のプロペラでも高度な設計が行われますが、ポンプジェットではローターだけでなく、ステーターやダクトまで含めて一つの推進システムとして最適化できます。

流入から排出までの水流を総合的に調整できることは、ポンプジェットの大きな特徴です。

ポンプジェットのデメリット

構造や設計が複雑になる

ポンプジェットでは、ローターだけでなくダクトやステーターも必要になります。

さらに、それぞれの部品が発生させる水流や圧力変動を考慮しなければなりません。

ローターとステーターの位置関係や、ローター先端とダクト内面の隙間なども性能に影響します。

そのため、一般的な開放型プロペラより設計対象となる要素が多く、高度な流体解析や製造技術が求められます。

すべての速度域で高効率とは限らない

ポンプジェットには、設計上想定された最適な運転条件があります。

そのため、低速から高速まであらゆる条件で通常のプロペラより高効率になるわけではありません。

ダクト自体にも流体抵抗が発生するため、潜水艦の運用条件によっては通常のプロペラのほうが合理的な場合もあります。

「ポンプジェットは高速向きで、プロペラは低速向き」と単純に分類するのではなく、艦艇ごとの設計や運用速度によって適した方式が変わると考えるのが適切です。

ポンプジェット自体にも騒音源がある

ポンプジェットは静粛化に有利ですが、完全に無音になるわけではありません。

ローターとステーターの相互作用によって圧力変動が発生したり、翼端漏れ渦が生じたりします。

また、ローターが固定翼の近くを周期的に通過することで、特定の周波数に特徴的な騒音が生じる場合もあります。

そのため、静かなポンプジェットを実現するには、ローター、ステーター、ダクトなどを総合的に最適化する必要があります。

なぜすべての潜水艦がポンプジェットを採用しないのか

ポンプジェットに静粛性上の利点があるのであれば、すべての潜水艦で採用すればよいようにも思えます。

しかし、潜水艦の推進装置を選ぶ際には、静粛性だけでなく、推進効率、運用速度、艦体サイズ、重量、コスト、製造技術、整備性など数多くの条件を考慮する必要があります。

通常のプロペラも長年の研究によって非常に高度に発達しています。

現代の潜水艦用プロペラでは、ブレード形状を工夫してキャビテーションや騒音を低減する技術が採用されています。

そのため、艦艇によっては通常のプロペラのほうが適している場合があります。

特に長時間の低速航行を重視する潜水艦などでは、推進効率や艦全体の設計とのバランスから、開放型プロペラが選ばれることもあります。

ポンプジェットとウォータージェットの違い

ポンプジェットという名称から、高速艇などに使われるウォータージェット推進と同じ装置だと思われることがあります。

両者には、水を加速させて後方へ送り、その反作用によって推力を得るという共通した基本原理があります。

ただし、一般的な高速艇用ウォータージェットと潜水艦用ポンプジェットでは、構造が大きく異なります。

高速艇のウォータージェット

高速艇などで使われる一般的なウォータージェットは、船底などに設けられた取水口から海水を取り込みます。

取り込んだ海水を船体内部のインペラーで加速し、船尾のノズルから後方へ噴射して推力を得ます。

潜水艦のポンプジェット

潜水艦用ポンプジェットでは、多くの場合、艦尾の推進軸上にダクト、ローター、ステーターなどが配置されています。

周囲を流れてきた海水がそのままダクト内部へ入り、ローターによって加速されて後方へ流れます。

そのため、「艦内へ海水を吸い込んで船尾から噴射する装置」と説明すると、高速艇用ウォータージェットと混同されやすくなります。

ただし、英語の技術文献では「pump-jet」や「waterjet」といった名称の使い分けが必ずしも完全に統一されているわけではありません。

したがって、「両者はまったく異なる推進原理」と考えるのではなく、基本原理には共通点があるものの、一般的な構造や用途が異なると理解するとよいでしょう。

ポンプジェットを採用する潜水艦

ポンプジェットは、すべての潜水艦に搭載されているわけではありません。

とくに高度な静粛性と比較的高い航行性能を要求される一部の原子力潜水艦で採用されています。

代表的な例として、アメリカ海軍のシーウルフ級やバージニア級、イギリス海軍のアスチュート級などがポンプジェット推進を採用した潜水艦として知られています。

イギリス海軍の次世代弾道ミサイル原子力潜水艦であるドレッドノート級でも、ポンプジェット推進器の採用が公表されています。

ただし、軍用潜水艦の推進装置は重要な機密情報です。

ローターの翼数や具体的な形状、ステーターの配置、回転数、内部の圧力分布などの詳細は公開されていない場合があります。

そのため、外観写真だけから内部構造を正確に判断することは困難です。

ポンプジェットは潜水艦を無音にする装置ではない

ポンプジェットについて理解するうえで重要なのが、「ポンプジェットを装備すれば潜水艦が無音になるわけではない」という点です。

潜水艦の騒音源は推進器だけではありません。

原子力潜水艦であれば、タービンや発電機、ポンプなどの機械設備からも振動や音が発生します。

通常動力型潜水艦でも、ディーゼル機関、発電機、電動モーター、ポンプなどが騒音源になります。

さらに、潜水艦が航行すると艦体表面を海水が流れるため、その流れによって流体騒音も発生します。

ポンプジェット自体にも、ローターとステーターの干渉や翼端漏れ渦などによる騒音があります。

そのため、潜水艦を静粛化するには、推進装置だけでなく、機関、防振構造、艦体形状、配管、補機類などを総合的に設計する必要があります。

ポンプジェットは、そのなかでも推進器由来の騒音やキャビテーションを低減するための重要な技術の一つです。

潜水艦でポンプジェットが重要視される理由

潜水艦にとって重要なのは、単純に最高速度を高めることだけではありません。

軍用潜水艦では、相手に探知されにくい状態を維持しながら必要な速度で行動できることが重要です。

そのため、どれほど速く航行できるかだけでなく、どの程度の速度まで騒音を抑えながら航行できるかも重要な性能となります。

ポンプジェットは、ローター、ステーター、ダクトなどを組み合わせて水流を細かく制御できるため、推進効率、キャビテーション、圧力変動、騒音などを特定の運転条件に合わせて最適化できます。

ただし、ポンプジェットだから必ず通常のプロペラより高性能になるわけではありません。

艦艇の用途や速度域、艦体形状などによって最適な推進方式は異なります。

潜水艦のポンプジェットとは、単なる「覆い付きプロペラ」ではなく、静粛性やキャビテーション特性、推進性能を総合的に考慮して設計される高度なダクト式推進システムと理解するのが適切です。

以上、潜水艦のポンプジェットについてでした。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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