全固体電池とは、電池内部でイオンを移動させる「電解質」に固体材料を使用する蓄電池です。
一般的なリチウムイオン電池では、主に液体の電解質が使われています。
これに対して全固体電池では、硫化物系や酸化物系などの固体電解質を使用します。
高いエネルギー密度や安全性の向上などが期待されていることから、電気自動車をはじめ、さまざまな分野で研究開発が進められています。
潜水艦についても、将来の高性能蓄電池として全固体電池を応用できる可能性があります。
ただし、2026年8月時点では、海上自衛隊などの潜水艦に全固体電池が主蓄電池として実用搭載されていることは、公表されている情報から確認できません。
そのため、現時点では「潜水艦で広く使われている電池」ではなく、「将来の潜水艦用蓄電池として期待される次世代技術」と理解するのが適切です。
潜水艦ではなぜ蓄電池が重要なのか
通常動力型潜水艦は蓄電池で水中航行する
原子力潜水艦とは異なり、ディーゼル・エレクトリック方式を採用する通常動力型潜水艦では、蓄電池が非常に重要な役割を担っています。
通常はディーゼル発電機などによって蓄電池を充電し、潜航中には蓄電池から供給される電力で推進用の電動機や各種機器を動かします。
水中ではディーゼルエンジンを常時使用できないため、蓄電池にどれだけ多くの電力を蓄えられるかが、水中で行動できる時間に大きく影響します。
蓄電池性能は潜水艦の隠密性にも関係する
通常動力型潜水艦では、蓄電池の電力が減少すると充電する必要があります。
ディーゼル発電機を使用する場合には、シュノーケルを海面上に出して外気を取り込まなければならない場合があります。
シュノーケル航行中は、完全に潜航している状態よりも発見される可能性が高くなります。
そのため、高性能な蓄電池によって一度の充電で利用できる電力量を増やせれば、シュノーケルによる充電の頻度や時間を減らし、潜水艦の隠密性向上につながる可能性があります。
現在の潜水艦ではリチウムイオン電池が実用化されている
日本では潜水艦へのリチウムイオン電池搭載が実現している
潜水艦における全固体電池を理解するうえで重要なのが、現在実用化されているリチウムイオン電池です。
通常動力型潜水艦では、長年にわたって鉛蓄電池が広く利用されてきました。
しかし、リチウムイオン電池は鉛蓄電池よりも高いエネルギー密度を実現しやすく、充放電性能にも優れているため、潜水艦への導入が進められています。
海上自衛隊の「そうりゅう」型11番艦「おうりゅう」は、リチウムイオン電池を搭載した潜水艦として知られています。
また、その後に建造された「たいげい」型にもリチウムイオン電池が採用されています。
すべての「そうりゅう」型がリチウムイオン電池ではない
注意したいのは、「そうりゅう」型潜水艦のすべてがリチウムイオン電池を搭載しているわけではないことです。
リチウムイオン電池が採用されたのは11番艦「おうりゅう」以降です。
そのため、「そうりゅう型はリチウムイオン電池を搭載している」と一括りにするのではなく、「そうりゅう型の後期艦からリチウムイオン電池が採用された」と説明する方が正確です。
潜水艦に全固体電池を使うメリット
エネルギー密度を高められる可能性がある
潜水艦では、搭載できる設備の重量やスペースに大きな制約があります。
そのため、同じ重量や体積でより多くの電気エネルギーを蓄えられる電池は大きなメリットがあります。
全固体電池では、使用する電極材料やセル構造によっては、現在一般的に使用されているリチウムイオン電池よりもエネルギー密度を高められる可能性があります。
より多くの電力を搭載できれば、潜水艦の水中行動時間を延ばせる可能性があります。
ただし、「全固体電池にすれば必ずエネルギー密度が高くなる」というわけではありません。
固体電解質の厚さやセルを保持する構造、加圧機構などを含めて考える必要があり、最終的には電池システム全体として評価する必要があります。
水中での行動時間を延ばせる可能性がある
同じサイズの電池システムで蓄えられる電力量が増えれば、同じ消費電力で航行する場合に潜航時間を延ばせる可能性があります。
通常動力型潜水艦にとって、水中で長時間活動できることは非常に重要です。
電池容量が増えれば、充電のためにシュノーケル航行を行うまでの時間を延ばせるため、潜水艦が海面付近に接近する頻度を減らせる可能性があります。
安全性の向上が期待される
一般的なリチウムイオン電池では、可燃性の有機溶媒を含む液体電解質が使われることがあります。
一方、全固体電池では固体電解質を使用するため、可燃性の液体電解質を使用しない電池設計が可能になります。
火災や事故への対応が難しい閉鎖空間である潜水艦にとって、安全性は極めて重要な要素です。
そのため、全固体電池による安全性向上には大きな期待があります。
全固体電池でも熱暴走の可能性はゼロではない
全固体電池について、「絶対に燃えない」「熱暴走しない」と説明するのは正確ではありません。
全固体電池でも、使用する電極材料や固体電解質、内部短絡、温度上昇などによって異常反応が発生する可能性があります。
近年の研究でも、高エネルギー密度の全固体電池における熱的な安全性の課題が指摘されています。
そのため、正確には「液体電解質を使用する従来型電池と比較して安全性向上が期待されるものの、火災や熱暴走のリスクが完全になくなるわけではない」と考える必要があります。
全固体電池は潜水艦の高速航行にも役立つ可能性がある
高出力化できれば水中での運動性能向上につながる
潜水艦では、長時間航行できるだけでなく、必要なときに大きな電力を取り出せることも重要です。
高速で航行する場合には推進用電動機の消費電力が大きくなるため、電池には高い出力性能が求められます。
全固体電池で高エネルギー密度と高出力性能を両立できれば、高速で水中航行できる時間を延ばせる可能性があります。
ただし、全固体電池だから必ず高出力になるわけではありません。
固体電解質のイオン伝導性や電極との接触状態、界面抵抗などが性能を左右します。
そのため、高出力化についても研究開発上の重要な課題となっています。
潜水艦に全固体電池を搭載するための課題
電極と固体電解質の界面制御が難しい
全固体電池の代表的な課題の一つが、電極と固体電解質の界面です。
液体電解質は電極表面に入り込みやすく、比較的広い面積で接触できます。
一方、全固体電池では固体材料同士を接触させる必要があります。
接触状態が悪いとイオンが移動しにくくなり、内部抵抗が増加する可能性があります。
そのため、電極と固体電解質をどのように安定して接触させるかが重要な研究テーマとなっています。
大容量化と大型化が必要になる
潜水艦では非常に大きな電力量が必要です。
小型電子機器や電気自動車向けの全固体電池が実用化されたとしても、そのまま潜水艦に使用できるわけではありません。
多数のセルを組み合わせ、
セル
モジュール
バッテリーパック
潜水艦用蓄電池システム
として構成する必要があります。
大量のセルを組み合わせた場合でも、安定して充放電できるようにする技術が必要です。
長期間にわたる高い信頼性が求められる
潜水艦では、蓄電池のトラブルが重大な事故につながる可能性があります。
そのため、
長期間の充放電
振動
衝撃
温度変化
セル性能のばらつき
内部短絡
異常発熱
などに対する高い信頼性が求められます。
また、異常なセルを素早く検知して切り離すためのバッテリーマネジメントシステムも重要になります。
全固体電池と従来型リチウムイオン電池の違い
最大の違いは電解質にある
従来型リチウムイオン電池と全固体電池の大きな違いは、電解質の状態です。
一般的なリチウムイオン電池では液体電解質が使用されるのに対し、全固体電池では固体電解質を使用します。
主な違いを整理すると、次のようになります。
| 項目 | 従来型リチウムイオン電池 | 全固体電池 |
|---|---|---|
| 電解質 | 主に液体 | 固体 |
| 実用化状況 | 広く実用化 | 開発・実用化途上 |
| エネルギー密度 | 高い | さらに高められる可能性 |
| 安全性 | 高度な安全管理が必要 | 向上が期待される |
| 大型量産 | 技術が確立している | 課題が残る |
| 電極との接触 | 比較的確保しやすい | 界面制御が難しい |
| 潜水艦への搭載 | 実用化済み | 公開情報では実用搭載未確認 |
全固体電池もリチウム系電池の一種になり得る
「全固体電池」と「リチウムイオン電池」は必ずしも完全に別の電池を意味するわけではありません。
全固体電池でも、リチウムイオンが固体電解質の中を移動する構造を採用するものがあります。
そのため、「液系リチウムイオン電池から全固体型のリチウム電池へ発展する」と表現できる場合もあります。
全固体電池とAIPの違い
AIPは大気に依存せずエネルギーを供給する仕組み
潜水艦の長時間潜航技術として「AIP」という言葉もあります。
AIPとは、Air Independent Propulsionの略で、日本語では「大気非依存型推進」などと呼ばれます。
外部から大気を取り込まなくても、潜航中にエネルギーを供給できるシステムです。
スターリング機関や燃料電池などを利用する方式があります。
全固体電池は電気を蓄えておく装置
全固体電池を含む蓄電池は、基本的に外部などから供給された電気をあらかじめ蓄えておく装置です。
そのため、AIPと蓄電池は役割が異なります。
AIPは潜航中にもエネルギーを生み出すことを目的とするシステムであるのに対し、蓄電池はあらかじめ蓄えておいた電力を使用します。
したがって、全固体電池とAIPは単純にどちらか一方を選ぶ同一種類の技術ではありません。
防衛分野でも全固体電池に関する研究が行われている
防衛装備庁では全固体電池の基礎研究が行われている
防衛装備庁の安全保障技術研究推進制度では、「全固体電池の開発に向けた電極-電解質のナノ構造界面設計」に関する研究が行われています。
この研究では、固体電解質や電極との界面、イオン伝導など、全固体電池の性能を左右する基礎技術が研究されています。
全固体電池が防衛分野でも関心を集めていることが分かります。
防衛装備庁の研究を潜水艦用と断定することはできない
ただし、公開されている研究資料だけから、この全固体電池研究が「潜水艦への搭載を目的とした研究」であると断定することはできません。
そのため、
「防衛装備庁が潜水艦用全固体電池を開発している」
と説明するのは正確ではありません。
「防衛装備庁では全固体電池に関する基礎研究が行われている」と表現するのが適切です。
潜水艦用の新しい蓄電池システムも検討されている
潜水艦用新蓄電池システムに関する調査が確認できる
防衛装備庁の公開情報では、2026年度に「潜水艦用新蓄電池システムに関する調査及び検討役務」が公示されています。
このことから、日本で将来の潜水艦用蓄電池について調査や検討が行われていることは確認できます。
新蓄電池システムが全固体電池とは限らない
一方で、公示では「新蓄電池システム」とされており、「全固体電池」とは明記されていません。
そのため、
「潜水艦用新蓄電池システム=全固体電池」
と考えることはできません。
防衛装備庁で全固体電池に関する研究が行われていることと、潜水艦用の新蓄電池システムが調査されていることは、それぞれ別の事実として扱う必要があります。
全固体電池が実用化されれば潜水艦はどう変わるのか
より長く水中で活動できる可能性がある
高エネルギー密度の全固体電池が実用化されれば、同じ重量やスペースでより多くの電力を搭載できる可能性があります。
その結果、潜水艦が一度の充電で水中活動できる時間を延ばせる可能性があります。
シュノーケル航行を減らせる可能性がある
電池容量が増加すれば、ディーゼル発電機を使用して充電する頻度を減らせる可能性があります。
シュノーケルを使用して海面付近を航行する時間を減らすことができれば、潜水艦の隠密性を維持しやすくなると考えられます。
ただし、これは全固体電池が潜水艦で実用化された場合に期待される効果であり、現在の実艦によって確認された性能ではありません。
将来的な電力需要にも対応しやすくなる
将来の潜水艦では、推進装置だけでなく、ソーナーや各種センサー、通信装置、情報処理システムなどによる電力需要が増加する可能性があります。
高性能な蓄電池が実用化されれば、こうした船内設備へ供給できる電力を増やせる可能性があります。
潜水艦用全固体電池は将来が期待される技術
2026年8月時点では、全固体電池を搭載した潜水艦が海上自衛隊などで実用配備されていることは、公開情報から確認できません。
現在、日本では「おうりゅう」や「たいげい」型などでリチウムイオン電池の実用化が進んでいます。
一方、防衛装備庁では全固体電池に関する基礎研究が行われており、潜水艦用の新しい蓄電池システムについても調査・検討が進められています。
ただし、この2つを直接結び付けて、「次期潜水艦に全固体電池が搭載される」と断定することはできません。
現時点では、
鉛蓄電池
↓
リチウムイオン電池
↓
全固体電池を含む次世代高性能蓄電池
という技術発展の可能性の中で、全固体電池が有力な候補の一つとして研究されていると考えるのが適切です。
高エネルギー密度、安全性、高出力性能などが実用レベルで実現すれば、通常動力型潜水艦の潜航時間や電力供給能力を向上させる可能性があります。
一方で、大型化、界面抵抗、耐久性、量産性、温度管理、安全性、長期信頼性など、潜水艦への実用搭載までには多くの技術的課題も残されています。
そのため、潜水艦用全固体電池は「現在すでに使われている技術」というよりも、「将来の潜水艦性能を向上させる可能性を持った次世代蓄電技術」と位置付けるのが適切です。
以上、潜水艦に使われる全固体電池についてでした。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
















