航海図の図法とは、球体に近い地球の表面を、紙やディスプレイなどの平面上に表すための方法です。
地球の曲面を平面に完全な形で写し取ることはできません。
そのため、どの図法を使った場合でも、次のような要素のどこかにひずみが生じます。
- 方位
- 角度
- 距離
- 面積
- 形状
- 航路の見え方
航海図では、国や大陸の面積を正確に表現することよりも、船の針路を決めやすいことや、方位・距離・船位を扱いやすいことが重視されます。
日本の航海用海図では、原則としてメルカトル図法が使用されています。
また、一部の大縮尺港泊図には平面図が使われてきましたが、改版時に順次メルカトル図法へ変更されています。
日本の航海図で使われる主な図法
メルカトル図法
メルカトル図法は、日本の一般的な航海用海図で最も広く使われている図法です。
一定の方位を保って進む航程線を、海図上の直線として表せるため、針路の設定や航路計画に適しています。
平面図
平面図は、地球表面のごく狭い範囲を平面とみなして作図する方法です。
一部の大縮尺港泊図に使われてきましたが、現在は改版時に順次メルカトル図法へ変更されています。
心射図法
心射図法は、日本の通常の沿岸航海用海図で一般的に使用されている図法ではありません。
ただし、大圏航路を直線として表せるため、長距離航路の計画や、大圏航路の性質を理解するうえで重要な図法です。
メルカトル図法とは
航海図で最も一般的な図法
メルカトル図法は、16世紀にゲラルドゥス・メルカトルが考案した地図投影法です。
日本語では「漸長図法」と呼ばれることもあります。
メルカトル図法では、経線は縦方向の平行な直線、緯線は横方向の平行な直線として描かれます。
経線と緯線は直角に交わります。
この図法が航海に適している最大の理由は、一定針路で進む航程線を、海図上の直線として表現できることです。
正角図法である
メルカトル図法は、正角図法に分類されます。
正角図法とは、各地点付近の微小な角度や局所的な形状を正しく表現できる図法です。
そのため、海図上で航路線と経線がなす角度を測ることで、船が進むべき真方位を求められます。
ただし、広い範囲の形状や面積まで正確に保たれるわけではありません。
航程線が直線になる
航程線とは、すべての経線と一定の角度で交わる航路です。
等角航路やロクソドロームと呼ばれることもあります。
メルカトル海図上で2地点を直線で結ぶと、その線は基本的に一定針路で進む航程線を表します。
この性質により、次のような海図作業を行いやすくなります。
- 予定航路を記入する
- 真針路を測定する
- 航走距離を測る
- 変針点を設定する
- 推測船位を記入する
- 実際の航跡と予定航路を比較する
海図上の方位をそのまま操舵するわけではない
海図上で測った方位は、原則として真北を基準とした真方位です。
実際に船の磁気コンパスを使用して操舵する場合は、次の要素を考慮する必要があります。
- 磁気偏差
- コンパスの自差
- 風による圧流
- 潮流や海流
- 船体の操縦性能
- 航路や浅瀬などの制約
そのため、海図上で求めた針路を、そのまま磁気コンパスの指示値として使用できるとは限りません。
メルカトル図法のひずみ
高緯度ほど大きく表示される
メルカトル図法では、緯度が高くなるほど地表が大きく引き伸ばされます。
赤道付近では比較的ひずみが小さい一方、北極や南極に近づくにつれて縮尺が大きくなります。
世界地図でグリーンランドが実際の面積よりも大きく見えるのは、この性質によるものです。
面積は正しく保たれない
メルカトル図法では、角度を正しく保つことが優先されています。
そのため、面積は正確に表現されません。
高緯度にある地域ほど、実際よりも大きく表示されます。
極を表示できない
メルカトル図法では、極に近づくほど縮尺が大きくなり、理論上は極で無限大になります。
そのため、北極点や南極点そのものを、通常のメルカトル図上に表示することはできません。
メルカトル海図の縮尺
海図全体で縮尺が一定ではない
メルカトル海図では、緯度によって縮尺が変化します。
そのため、同じ海図上の1センチメートルであっても、海図の北側と南側では、表す実際の距離がわずかに異なる場合があります。
ただし、表示範囲が狭い大縮尺海図では、その差は比較的小さくなります。
縮尺は基準緯度を基準に表示される
メルカトル海図に記載される縮尺は、原則として特定の基準緯度における縮尺です。
たとえば、縮尺欄に次のように記載されている場合があります。
「1:200,000 緯度35度」
これは、緯度35度における縮尺が20万分の1であることを意味します。
基準緯度から離れると、実際の縮尺は少しずつ変化します。
航海図上で距離を測る方法
距離は緯度目盛を使って測る
メルカトル海図で距離を測る場合は、原則として海図の左右にある緯度目盛を使います。
航海実務では、緯度1分を1海里として扱います。
- 緯度1分:約1海里
- 1海里:1,852メートル
- 緯度60分:緯度1度
厳密には、地球は完全な球体ではないため、実際の緯度1分の長さは場所によってわずかに異なります。
ただし、通常の海図作業では1分を1海里として扱います。
測定区間の中央付近の緯度目盛を使う
メルカトル海図は緯度によって縮尺が変わるため、距離を測る際は、測定区間の中央付近と同じ緯度の目盛を使用します。
区間が短い場合は、その区間のほぼ中央の緯度目盛で測れば問題ありません。
南北に長い航路の場合は、区間を複数に分け、それぞれの中央緯度で測ることで誤差を抑えられます。
経度目盛は距離測定に使わない
海図の上下にある経度目盛は、主に位置の経度を読み取るためのものです。
経度1分が表す東西方向の距離は、緯度によって変化します。
赤道上ではおよそ1海里ですが、高緯度になるほど短くなります。
そのため、距離測定には原則として左右の緯度目盛、または海図に設けられた距離尺を使用します。
航程線と大圏航路の違い
航程線とは
航程線は、すべての経線と一定の角度で交わる航路です。
メルカトル海図上では直線として表示されるため、一定の針路を維持して航行しやすいという特徴があります。
航程線は、沿岸航海や比較的短い区間の航海において扱いやすい航路です。
大圏航路とは
地球を球体とみなした場合、地表上の2地点を結ぶ最短経路は、大円の一部になります。
この経路を大圏航路と呼びます。
大円とは、地球の中心を通る平面で地球を切ったときにできる円です。
赤道や、向かい合う子午線を合わせた円も大円に該当します。
メルカトル海図では大圏航路が曲線になる
大圏航路は、赤道や子午線に沿う場合を除き、通常のメルカトル海図上では曲線として表示されます。
そのため、メルカトル海図上で出発地点と目的地点を単純に直線で結ぶと、その線は原則として大圏航路ではなく航程線になります。
長距離では大圏航路が短くなる
航程線と大圏航路が異なる場合、大圏航路のほうが距離は短くなります。
近距離では両者の差は小さいものの、太平洋や大西洋を横断するような長距離航海では、距離に大きな差が生じる場合があります。
ただし、実際の航路は最短距離だけで決めるものではありません。
次のような条件も考慮して、安全かつ経済的な航路を選定します。
- 風向・風速
- 波浪
- 台風や低気圧
- 海流
- 海氷
- 陸地や浅瀬
- 航行制限区域
- 燃料消費
- 船舶の喫水
- 到着予定時刻
そのため、地理的な最短航路が、必ずしも実際の最適航路になるとは限りません。
心射図法とは
大圏航路が直線になる図法
心射図法は、地球の中心から地表上の各地点を平面へ投影する考え方に基づく図法です。
最大の特徴は、すべての大円が直線として表されることです。
そのため、心射図上で出発地点と目的地点を直線で結ぶと、大圏航路を求められます。
長距離航路の計画に関連する
心射図法は、通常の沿岸航海用海図として使用するものではなく、大圏航路の作図や長距離航路の計画に関連する図法です。
従来の紙海図による方法では、次のような手順で大圏航路を求めます。
- 心射図上に出発地と目的地を記入する
- 2地点を直線で結ぶ
- 直線上に複数の中間点を設定する
- 各中間点の緯度・経度を読み取る
- 中間点をメルカトル海図上へ移す
- 中間点同士を直線で結ぶ
- 各区間の針路と距離を求める
現在では、ECDISや航海計画システムを使い、大圏航路や測地線を自動的に計算・表示することも可能です。
心射図法の短所
心射図法は大圏航路を求めることには適していますが、図の中心から離れるほどひずみが急激に大きくなります。
主な短所は次のとおりです。
- 航程線が直線にならない
- 距離を直接測りにくい
- 角度や形状のひずみが大きい
- 広い範囲を1枚で表しにくい
- 通常の沿岸航海には向かない
心射図法は、通常の海図作業に使う図法というよりも、大圏航路を求めるための補助的な図法と考えるとよいでしょう。
平面図とは
狭い範囲を平面とみなす図法
平面図は、地球表面の小さな範囲を平面とみなして作図する方法です。
港内や泊地など、表示範囲が十分に狭い場合は、地球の曲率を平面として扱うことで生じる誤差を、実用上無視できる程度に抑えられます。
日本では、一部の5万分の1より大縮尺の港泊図に使用されてきました。
一部の港泊図に使われてきた
港泊図では、次のような情報を詳しく確認する必要があります。
- 防波堤
- 岸壁
- 桟橋
- 航路
- 浅瀬
- 水深
- 浚渫区域
- 投錨地
- ブイ
- 灯台
- 灯標
- 海底ケーブル
- 港湾施設
これらを細かく表示できるのは、港泊図が狭い範囲を大縮尺で作製しているためです。
平面図そのものが情報を詳しくするのではなく、狭い範囲を大縮尺で表示する港泊図に、平面図が用いられてきたという関係になります。
現在は順次メルカトル図法へ変更されている
一部の港泊図には平面図が残っていますが、海図の改版時に順次メルカトル図法へ変更されています。
そのため、今後は日本の航海用海図において、メルカトル図法への統一がさらに進むと考えられます。
大縮尺と小縮尺の違い
大縮尺とは
大縮尺とは、縮尺の分母が小さく、狭い範囲を詳しく表示する地図や海図を指します。
たとえば、次のような縮尺は大縮尺に分類されます。
- 1万分の1
- 2万分の1
- 5万分の1
港内の施設や水深、航路標識などを詳しく確認する場合に適しています。
小縮尺とは
小縮尺とは、縮尺の分母が大きく、広い範囲を概略的に表示する地図や海図を指します。
たとえば、次のような縮尺です。
- 50万分の1
- 100万分の1
- 400万分の1
広域の航路計画や、大洋航海の全体像を確認する場合に使われます。
横メルカトル図法とは
中央経線付近のひずみが小さい
横メルカトル図法は、概念的には通常のメルカトル図法を横向きにしたような投影法です。
通常のメルカトル図法では赤道付近のひずみが小さいのに対し、横メルカトル図法では、基準となる中央経線付近のひずみが小さくなります。
そのため、南北に細長い地域を表す地図に適しています。
UTM図法に利用される
世界を経度6度ごとの帯に分けて表現するUTM図法は、横メルカトル図法を基礎としています。
横メルカトル図法は、主に次のような分野で利用されます。
- 地形図
- 測量図
- 国土管理
- 港湾計画図
- GIS
- UTM座標系
通常の航海用紙海図では、航程線を直線として扱いやすい通常のメルカトル図法が中心です。
電子海図と図法の関係
ENCは紙海図を画像化したものではない
ENCは「Electronic Navigational Chart」の略で、日本語では電子海図と呼ばれます。
ENCは、紙海図をスキャンした画像ではありません。
海岸線、水深、航路標識、危険物、航路、海底地形などが、それぞれ意味を持つデータとして収録された構造化データです。
ENC自体に固定された図法はない
ENCは、緯度・経度に基づく地理情報を持つデータです。
紙海図のように、一つの図法で固定された画像ではありません。
ただし、多くのECDISや航海用表示システムでは、ENCデータをメルカトル図法で画面上に表示します。
過度な拡大に注意する
電子海図は画面上で自由に拡大できますが、拡大しても元データの精度や詳細度が向上するわけではありません。
必要以上に拡大すると、位置精度を超えた見かけ上の精密さが生じるおそれがあります。
電子海図を利用する際は、次の点に注意が必要です。
- 編集縮尺を確認する
- 過度な拡大を避ける
- 表示設定による情報の非表示に注意する
- GPSの精度と海図の精度を混同しない
- 適切な縮尺帯のENCを使用する
- 最新の改訂データを使用する
図法と測地系の違い
図法とは
図法は、地球表面を平面上にどのように表現するかを定める方法です。
代表例には次のものがあります。
- メルカトル図法
- 平面図
- 心射図法
- 横メルカトル図法
測地系とは
測地系は、地球の形状や大きさ、緯度・経度の基準を定める仕組みです。
同じ図法で作製された海図でも、測地系が異なれば、同じ緯度・経度が示す位置にずれが生じる可能性があります。
現在、日本の航海用海図やENCでは、測地系としてWGS-84が採用されています。
ただし、GPSと海図の測地系が一致していても、海図の測量年代や元データの精度による誤差までなくなるわけではありません。
航海図の図法を確認する方法
海図の表題部を確認する
日本のメルカトル海図では、表題部に「メルカトル図法」と記載されています。
また、縮尺と基準緯度も記載されます。
一方、平面図を採用した一部の港泊図では、図法名が記載されない場合があります。
そのため、図法名だけでなく、縮尺欄や海図の注記も確認することが重要です。
図法以外に確認すべき項目
航海図を使用するときは、図法だけでなく、次の項目も確認する必要があります。
- 海図番号
- 海図名
- 縮尺
- 基準緯度
- 測地系
- 水深の基準面
- 高さの基準面
- 磁気偏差
- 刊行年月
- 最新の改補状況
- 使用単位
- 注意事項
特に、安全な航海のためには、最新の改補が反映された海図を使用することが重要です。
図法ごとの特徴を比較
メルカトル図法の長所
- 航程線が直線になる
- 方位を測りやすい
- 経線と緯線が直角に交わる
- 航路や船位を記入しやすい
- 通常の航海に適している
メルカトル図法の短所
- 高緯度ほど縮尺が大きくなる
- 面積が正確ではない
- 海図内で縮尺が変化する
- 大圏航路が通常は曲線になる
- 極を表示できない
心射図法の長所
- 大圏航路が直線になる
- 長距離の最短航路を作図しやすい
心射図法の短所
- 航程線が直線にならない
- 距離を直接測りにくい
- 図の中心から離れるほどひずみが大きい
- 通常の沿岸航海には適さない
平面図の長所
- 狭い範囲では地球の曲率による誤差が小さい
- 港内などの限定された範囲に適用できる
- 大縮尺港泊図と組み合わせて使用できる
平面図の短所
- 広い海域には適さない
- 表示範囲が広がると誤差が大きくなる
- 大洋航海の航路計画には使用できない
- 日本の海図では順次メルカトル図法へ変更されている
航海図の図法で覚えておきたいポイント
航海図の図法について、特に重要なのは次の点です。
- 日本の航海用海図は、原則としてメルカトル図法で作製されています。
- メルカトル図法では、一定針路で進む航程線が直線になります。
- メルカトル図法は正角図法ですが、面積や距離が全面的に正しいわけではありません。
- 高緯度になるほど縮尺が大きくなります。
- 距離は、原則として測定区間の中央付近にある緯度目盛で測ります。
- 大圏航路は、赤道や子午線の場合を除き、メルカトル海図上では曲線になります。
- 心射図法では、大圏航路を直線として表現できます。
- 平面図は、一部の大縮尺港泊図に使用されてきました。
- ENC自体に固定された図法はありません。
- 図法と測地系は異なる概念です。
まとめ
航海図では、船の針路や方位を扱いやすくするため、主にメルカトル図法が使われています。
メルカトル図法は、一定方位で進む航程線を直線として表せるため、針路の設定、距離測定、船位の記入などに適しています。
一方で、高緯度ほど縮尺が大きくなり、面積や距離の見え方にひずみが生じるという特徴があります。
長距離航海で大圏航路を考える場合は、大円を直線として表せる心射図法の性質が役立ちます。
ただし、心射図法は通常の沿岸航海用海図として使うものではありません。
また、一部の港泊図には平面図が使用されてきましたが、現在は改版時に順次メルカトル図法へ変更されています。
航海図を正しく利用するには、図法の特徴だけでなく、縮尺、基準緯度、測地系、改補状況、海図データの精度もあわせて確認することが重要です。
以上、航海図の図法についてでした。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
















