船長が持つ権限とは
船長は、船舶の安全な運航や船内の秩序を維持するため、乗組員などに対して一定の権限を持っています。
日本では、主に船員法などの海事関係法令によって、船長の職務や権限が定められています。
ただし、船長だからといって、船内で何でも自由に命令できるわけではありません。
船長に強い権限が認められているのは、人命や船舶、積荷を守り、安全な航海を実現する必要があるためです。
また、船長には権限だけでなく、発航前の検査や危険時の救助など、重い義務も課されています。
そのため、船長について理解するときは、「権限」と「義務・責任」を分けて考えることが重要です。
なお、以下では主として、船員法が適用される日本の商船や旅客船などの船長を想定して解説します。
船長には指揮命令権がある
海員を指揮・監督できる
船長が持つ代表的な権限が、乗組員に対する指揮監督です。
船員法では、船長は海員を指揮監督すると定められています。
海員とは、船内で船長の指揮を受けて働く船員を指します。
そのため、船長は安全な航海や船内業務を行うため、航海士や機関士などに必要な指示を出す立場にあります。
具体的には、次のような場面で指揮を行います。
- 入出港時の配置や作業を指示する
- 航海中の安全確保について指示する
- 荒天や視界不良などへの対応を指示する
- 火災や浸水などの緊急事態への対応を指示する
- 船内作業の安全確保について指示する
船長は船舶の運航における重要な責任者であり、必要に応じて乗組員をまとめながら安全を確保します。
乗組員以外にも必要な命令を出せる
船長の命令の対象は、海員だけとは限りません。
船員法では、船長は船内にいる者に対しても、自らの職務を行うために必要な命令をすることができるとされています。
そのため、旅客船であれば、乗客も安全確保などのために船長や船員から指示を受けることがあります。
例えば、緊急事態では、次のような指示が考えられます。
- 救命胴衣を着用する
- 指定された場所へ移動する
- 危険な区域へ立ち入らない
- 避難の順序や方法に従う
- 船員の安全上の指示に従う
ただし、この権限は無制限ではありません。
船長が船内にいる人へ命令できるのは、あくまでも船長自身の職務を遂行するために必要な範囲です。
船長だからという理由だけで、航海や安全管理と関係のないことまで自由に命令できるわけではありません。
船長には船内秩序を維持するための権限がある
船内の規律を守らせることも船長の役割
船舶は、一度出港すると陸上から離れた環境で長時間航行する場合があります。
船内で重大なトラブルや規律違反が発生すると、乗組員だけでなく乗客や船舶そのものの安全に影響する可能性があります。
そのため、船員法では海員が守るべき船内規律を定めるとともに、船長に指揮監督や懲戒に関する権限を認めています。
一般的には「船内秩序を維持する権限」と表現できますが、船員法に「船内秩序維持権」という名称の独立した権限が定められているわけではありません。
より正確には、船長が指揮命令権や懲戒権などを行使することによって、船内の秩序や安全を維持すると考えるとよいでしょう。
船長には海員に対する懲戒権がある
船内規律に違反した海員を懲戒できる
船長には、一定の場合に海員を懲戒する権限が認められています。
船員法で定められている船内規律に海員が違反した場合、船長は法律で定められた範囲内で懲戒を行うことができます。
船員法上、船長が行う懲戒には、主に次の2種類があります。
- 上陸禁止
- 戒告
上陸禁止とは、一定期間、海員が船から上陸することを禁止する懲戒です。
船員法では、上陸禁止の期間について上限も定められています。
戒告は、規律違反について注意や警告を与える処分です。
船長が自由に罰を決められるわけではない
船長には懲戒権がありますが、本人の感情や独断だけで自由に処分できるわけではありません。
船員法では、海員を懲戒しようとする場合、一定の手続きが必要とされています。
原則として、3人以上の海員を立ち会わせ、本人や関係者を取り調べたうえで、立会人の意見を聴かなければなりません。
そのため、船長の懲戒権には、恣意的な処分を防ぐための手続き上の制約があります。
また、船長が船員法に基づいて行う「上陸禁止」や「戒告」と、船会社が就業規則などに基づいて行う減給や懲戒解雇などは別の制度です。
船長は重要な場面で自ら船舶を指揮する
入出港時や危険がある場合は自ら指揮する
船員法では、船長が特に重要な場面で自ら船舶を指揮しなければならないことも定められています。
代表的なのは、次のような場面です。
- 船舶が港を出入りするとき
- 狭い水路を通過するとき
- その他、船舶に危険のおそれがあるとき
通常の航海では航海士などが当直を担当する場合がありますが、入出港時や船舶に危険が生じる可能性が高い状況では、船長が自ら指揮することが求められます。
「自ら指揮する」と「自ら操舵する」は異なる
注意したいのは、「船長が自ら船舶を指揮する」ことと、「船長自身が舵を操作する」ことは必ずしも同じではない点です。
実際の操舵を操舵手などが担当し、船長が船橋で航路や速力、操船方法について指示することもあります。
そのため、「船長自身が操船する」と説明するよりも、「船長自身が船舶の運航を指揮する」と表現する方が正確です。
船長は危険物に対して処置できる
船内の安全を脅かす物品に対応できる
船長には、船内に持ち込まれた危険物に対して一定の処置を行う権限もあります。
例えば、海員が次のような物を所持している場合です。
- 凶器
- 爆発しやすい物
- 発火しやすい物
- 劇薬
- その他の危険物
船員法では、このような危険物について、船長が保管や放棄、その他必要な処置を行うことが認められています。
海上では危険物による事故が重大な結果につながる可能性があるため、船内の安全確保を目的として船長に一定の権限が与えられています。
船長の権限とともに重要な義務
船長について説明するときは、権限だけでなく義務についても理解する必要があります。
船員法では、安全な航海を実現するため、船長にさまざまな義務を課しています。
船長には発航前に安全を確認する義務がある
航海に支障がないことを検査する
船長には、船舶を出航させる前に必要な検査を行う義務があります。
発航前には、船舶が航海に支障のない状態か、航海に必要な準備が整っているかなどを確認します。
実際には、船体や機関、設備だけでなく、気象や海象、水路などの情報も安全な航海を判断するうえで重要になります。
船長には、「予定どおり出航できるか」だけではなく、「安全に航海できる状態か」という観点から判断することが求められます。
安全に問題がある場合は発航中止も検討する
安全な運航が困難な状況では、安全管理規程などに従い、発航の中止を含めた適切な判断が必要になります。
ただし、法律上の説明として「船長には常に一般的な出航停止権がある」と単純に表現するのは適切ではありません。
船員法では発航前の検査など、具体的な職務や義務が定められています。
そのため、一般向けには、「船長は安全性を確認し、安全な運航ができない場合には発航中止を含めた適切な判断を行う必要がある」と説明するのが正確です。
緊急事態では救助のために必要な措置を取る
自船に急迫した危険がある場合
船舶では、火災や衝突、座礁、浸水、機関故障などの事故が起こる可能性があります。
自ら指揮する船舶に急迫した危険がある場合、船長には、人命や船舶、積荷を救助するために必要な手段を尽くす義務があります。
実際の緊急事態では、状況に応じて、次のような対応を指揮することになります。
- 乗客や乗組員の避難
- 救命設備の使用
- 消火活動
- 浸水への対応
- 救助要請
- その他、人命を守るために必要な措置
船長は緊急時に大きな判断を任されますが、それは強い権限であると同時に、重大な責任でもあります。
他の船舶や航空機の遭難時にも救助義務がある
遭難を知った場合は人命救助に努める
船長の責任は、自分が指揮している船舶だけに限定されません。
他の船舶や航空機が遭難していることを知った場合には、原則として人命救助に必要な手段を尽くすことが求められます。
ただし、自船に急迫した危険がある場合などには例外があります。
したがって、他船が遭難したからといって、自船の乗客や乗組員を重大な危険にさらしてまで必ず救助しなければならないという意味ではありません。
船長には、自船の安全も考慮しながら適切に判断することが求められます。
船長の命令は絶対なのか
船長の権限には範囲がある
「船の中では船長の命令が絶対」と表現されることがあります。
しかし、法律上、船長に無制限の権力が認められているわけではありません。
船内にいる者へ命令できるのは、船長が自らの職務を行うために必要な範囲です。
つまり、船長の権限は、人命や船舶の安全、航海の遂行、船内秩序の維持などと結び付いています。
船長個人の都合や、職務とは無関係な目的で何でも命令できるわけではありません。
船長自身も法律を守る必要がある
船長は船舶の責任者ではありますが、当然ながら法律より上位の存在ではありません。
船長自身も、船員法をはじめ、海上衝突予防法や海上交通安全法、港則法、船舶安全法など、関係する法令や規則に従う必要があります。
船長に強い権限が与えられている目的は、個人的な権力を与えるためではなく、海上における安全を確保するためです。
船長の権限と義務は表裏一体
船長は、船内で強い指揮権限を持つ一方、それに見合った重い責任を負っています。
例えば、乗組員に安全上必要な命令を出せる一方で、船長自身には発航前の安全確認や危険時の救助などが求められます。
つまり、船長とは「自由に命令できる人」ではなく、「船舶の安全を守るために必要な権限を与えられ、その結果に大きな責任を負う立場」と考えるのが適切です。
船長が持つ主な権限を一覧で確認
船長に関係する主な権限を整理すると、次のようになります。
| 主な権限 | 内容 |
|---|---|
| 指揮監督 | 海員を指揮・監督する |
| 船内にいる者への命令 | 自らの職務を行うために必要な命令を行う |
| 懲戒権 | 船内規律に違反した海員に対し、法律に基づく懲戒を行う |
| 危険物への処置 | 危険物について保管や放棄など必要な処置を行う |
| 運航上の指揮 | 入出港時や危険のおそれがある場合などに、自ら船舶を指揮する |
一方で、発航前検査や危険時の救助、遭難した他船などの人命救助は、主として船長に課された義務として理解するのが正確です。
船長は、船内の安全を確保するために大きな権限を持つと同時に、人命や船舶を守る最高責任者として重い職務を担っています。
以上、船長が持つ権限についてでした。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。














