潜水艦のディーゼルエンジンについて

潜水艦のディーゼルエンジンは、主に通常動力型潜水艦で使用される重要な動力源です。
ただし、「ディーゼル潜水艦」という名称からイメージされるように、海中で常にディーゼルエンジンを動かして推進しているわけではありません。

現代の代表的なディーゼル・エレクトリック潜水艦では、ディーゼルエンジンは主として発電機を動かすために使用されます。
発電した電力によって蓄電池を充電したり、艦内設備へ電力を供給したりします。

深く潜航しているときはディーゼルエンジンを停止し、蓄電池に蓄えた電力によって推進用の電動機を動かすのが基本的な仕組みです。

つまり、潜水艦のディーゼルエンジンを理解するには、「エンジンそのものが常にプロペラを回しているわけではない」という点が重要になります。

目次

ディーゼル・エレクトリック方式の仕組み

現代の通常動力型潜水艦では、ディーゼルエンジンと発電機、蓄電池、電動機を組み合わせたディーゼル・エレクトリック方式が広く利用されています。

ディーゼルエンジンで発電機を動かす

ディーゼルエンジンは、ディーゼル燃料を燃焼させて機械的な回転力を発生させる内燃機関です。

その回転力を利用して発電機を動かし、電気エネルギーをつくります。

発電された電力は、蓄電池の充電だけでなく、艦内設備や状況によっては推進系統への電力供給にも使用されます。

そのため、現代のディーゼル・エレクトリック潜水艦におけるディーゼルエンジンは、主として「発電設備の動力源」と考えると理解しやすいでしょう。

蓄電池に電気を蓄える

ディーゼルエンジンによって発電された電力の一部は、大容量の蓄電池に蓄えられます。

潜水艦が深く潜航すると外部から空気を取り込めなくなるため、通常のディーゼルエンジンを運転できません。

そこで、あらかじめ蓄電池に充電しておいた電力が使用されます。

通常動力型潜水艦にとって、蓄電池は水中航行能力を大きく左右する重要な設備です。

電動機で推進する

潜航中は、蓄電池から供給される電力によって推進用電動機を動かします。

電動機の回転力が推進軸へ伝えられ、プロペラなどの推進装置を回すことで潜水艦が水中を進みます。

ディーゼルエンジンと異なり、電動機そのものは燃焼用の空気を必要としません。

そのため外気を取り込めない深度でも運転できます。

なぜ潜航中にディーゼルエンジンを使えないのか

ディーゼルエンジンには燃料だけでなく、大量の空気が必要です。

燃焼には酸素が必要

ディーゼルエンジンは、シリンダー内に吸い込んだ空気を圧縮し、そこへ燃料を噴射して燃焼させる仕組みです。

そのため運転を続けるには、外部から継続的に空気を取り込む必要があります。

水上航行中であれば大気中から空気を取り込めますが、潜水艦が深く潜ると直接外気を取り込めません。

このため、通常のディーゼルエンジンは深い潜航状態では運転できなくなります。

排気ガスも処理する必要がある

ディーゼルエンジンを運転すると、燃焼によって排気ガスが発生します。

したがって、空気を取り込むだけでなく、排気ガスを艦外へ排出する仕組みも必要です。

潜水艦では吸気と排気の両方を適切に処理しなければ、ディーゼルエンジンを運転できません。

シュノーケルを使えば潜ったまま運転できる

通常動力型潜水艦には、浅い深度を航行しながらディーゼルエンジンを運転するためのシュノーケルが装備されることがあります。

シュノーケルとは

シュノーケルとは、潜水艦が海面近くを潜航した状態で、海面上から空気を取り込むための装置です。

吸気管の上端だけを海面上に出し、ディーゼルエンジンに必要な空気を艦内へ導きます。

実際の運転では排気系統と組み合わせ、ディーゼルエンジンから発生する排気ガスも処理します。

そのため、完全に浮上しなくてもディーゼルエンジンを運転できます。

シュノーケル航行中に蓄電池を充電する

シュノーケルを使用してディーゼルエンジンを運転すると、発電機によって電気をつくることができます。

その電力を使って蓄電池を充電できるため、潜水艦は完全に水上へ浮上することなく、水中航行に必要なエネルギーを補充できます。

ただし、シュノーケル航行中の発電電力は、必ずしもすべて蓄電池の充電だけに使われるわけではありません。

艦内設備や推進系統などにも電力が必要になるため、それらへ供給しながら余力を蓄電池の充電に使用することがあります。

シュノーケル航行には弱点もある

シュノーケルは通常動力型潜水艦の潜航能力を高める重要な装備ですが、欠点もあります。

深い場所では使用できない

シュノーケルの吸気口は海面上へ出す必要があります。

そのため、潜水艦が深く潜った状態では使用できません。

シュノーケル運転を行う場合は、海面に比較的近い深度まで上昇する必要があります。

探知されるリスクが高まる

シュノーケル航行中は、吸気口などの一部が海面上へ露出します。

また、ディーゼルエンジンを動かすことで騒音や振動が増加します。

そのため、蓄電池のみで静かに潜航している状態と比較すると、敵に探知される要因が増える可能性があります。

通常動力型潜水艦では、シュノーケルを使用する時間をできるだけ短くすることが運用上重要になります。

潜航中は蓄電池と電動機を使う

シュノーケルを使用できない深度まで潜ると、通常はディーゼルエンジンを停止します。

その後は蓄電池に蓄えられた電気を利用します。

電動推進は空気を必要としない

電動機は、電気エネルギーによって回転する機械です。

燃料を燃焼させる必要がないため、ディーゼルエンジンのように外部から空気を取り込む必要がありません。

そのため、外界から隔離された水中でも長時間運転できます。

蓄電池の残量が潜航時間を左右する

通常動力型潜水艦では、蓄電池に蓄えられている電力量が潜航持続時間に大きく影響します。

電力を使い切ってしまえば、そのまま電動機を動かし続けることはできません。

そのため一定の段階でシュノーケル深度まで上昇し、ディーゼルエンジンを運転して再充電する必要があります。

ただし、後述するAIPを搭載する潜水艦では、シュノーケル運転が必要になるまでの時間を延ばせる場合があります。

ディーゼル・エレクトリック潜水艦はなぜ静かなのか

通常動力型潜水艦の特徴の一つが、蓄電池を利用して潜航しているときに高い静粛性を実現しやすいことです。

潜航中はディーゼルエンジンを停止できる

蓄電池によって航行している間は、騒音や振動の大きな原因となるディーゼルエンジンを停止できます。

推進用電動機を静かに回し、低速で航行すれば、艦から発生する音を抑えやすくなります。

水中では音が比較的遠くまで伝わるため、潜水艦にとって静粛性は極めて重要です。

常に静かなわけではない

ただし、「ディーゼル・エレクトリック潜水艦なら常に静か」という意味ではありません。

シュノーケル航行中にディーゼルエンジンを運転すれば、当然ながら騒音や振動は増加します。

また、静粛性は電動機やプロペラ、ポンプ、艦内機器、防振構造、速力などさまざまな要因によって変化します。

したがって、通常動力潜水艦と原子力潜水艦のどちらが必ず静かであると単純に断定することはできません。

潜水艦で使われる蓄電池

通常動力型潜水艦の性能を理解するうえでは、ディーゼルエンジンだけでなく蓄電池も重要です。

鉛蓄電池

潜水艦では長年にわたり、大型の鉛蓄電池が広く使用されてきました。

実績が豊富で信頼性を確保しやすい一方、重量や体積に対して蓄えられるエネルギー量には限界があります。

リチウムイオン電池

近年では、リチウムイオン電池を採用する通常動力型潜水艦も登場しています。

日本では「そうりゅう」型の11番艦「おうりゅう」以降、リチウムイオン電池を搭載した潜水艦が導入されています。

さらに「たいげい」型でもリチウムイオン電池が採用されています。

リチウムイオン電池には高いエネルギー密度や出力特性を期待できるため、潜水艦の水中行動能力を向上させるうえで重要な技術となっています。

ただし、実際の潜航可能時間は蓄電池の種類だけで決まるものではありません。

搭載容量や航行速度、艦内設備の電力消費などにも左右されます。

AIPとは

通常動力型潜水艦の中には、AIPと呼ばれるシステムを搭載するものもあります。

AIPは非大気依存推進

AIPは「Air-Independent Propulsion」の略で、日本語では一般に「非大気依存推進」と呼ばれます。

外部の大気を継続的に取り込まなくても、潜水艦の推進や発電に必要なエネルギーを供給できるシステムです。

代表的な方式としては、スターリング機関や燃料電池などがあります。

シュノーケルの頻度を減らせる

AIPを利用すると、蓄電池だけで潜航する場合と比較して、水中で利用できるエネルギーを補うことができます。

その結果、ディーゼルエンジンを動かすためにシュノーケル深度まで上昇する頻度を減らせる可能性があります。

これは敵に探知される危険を抑えるうえでも重要です。

AIPは高速航行より長時間潜航に向いている

一般的なAIPは、非常に大きな出力を長時間供給する用途よりも、比較的低い出力で長時間潜航する用途に適しています。

そのため、高速で長時間移動するための設備というより、水中に静かに留まり続ける能力を高める技術と考えると分かりやすいでしょう。

昔の潜水艦ではディーゼルエンジンが直接推進に使われることもあった

潜水艦の動力方式は、時代によって異なります。

歴史的には水上でディーゼル機関を直接利用した

第二次世界大戦前後の潜水艦には、水上航行時にディーゼルエンジンの機械的な回転力を推進軸へ伝えて航行する方式も広く存在しました。

同時に発電機を利用して蓄電池を充電し、潜航するとディーゼルエンジンを停止して電動機で航行していました。

そのため、「潜水艦のディーゼルエンジンは必ず発電専用」と考えるのは正確ではありません。

現代では電気推進を中心とする方式が一般的

現代の代表的なディーゼル・エレクトリック潜水艦では、ディーゼルエンジンを主として発電用に使用し、推進そのものは電動機で行う構成が一般的です。

したがって、歴史的な潜水艦と現代の潜水艦では、ディーゼルエンジンと推進装置の関係が異なる場合があります。

第二次世界大戦ではディーゼル潜水艦がどのように使われたのか

第二次世界大戦当時の潜水艦は、現代の潜水艦とは運用方法が大きく異なっていました。

水上航行を多用していた

当時の多くの潜水艦は、水上ではディーゼルエンジンを使用して高速に航行し、必要に応じて潜航する運用が基本でした。

水上航行中に蓄電池を充電し、敵艦への接近や攻撃、敵からの回避などが必要になった場合に潜航します。

潜航後は蓄電池と電動機を使用して行動していました。

シュノーケルによって潜水時間が伸びた

航空機やレーダーなどの対潜水艦技術が発達すると、水面に浮上すること自体が大きな危険となりました。

そこで重要になったのがシュノーケルです。

シュノーケルを利用すれば、艦全体を水上へ浮上させることなくディーゼルエンジンを動かし、蓄電池を充電できます。

この技術は、通常動力型潜水艦の水中行動能力を大きく向上させました。

ディーゼル・エレクトリック潜水艦のメリット

原子力潜水艦が存在する現在でも、ディーゼル・エレクトリック方式の潜水艦は多くの国で使用されています。

比較的小型に設計しやすい

通常動力型潜水艦には、原子炉や大規模な原子力推進設備を搭載する必要がありません。

そのため、任務内容に応じて比較的小型の潜水艦を設計しやすいという特徴があります。

ただし、通常動力型だから必ず小型になるわけではなく、実際の大きさは兵装や航続距離、蓄電池容量などによって決まります。

潜航中の静粛性を高めやすい

蓄電池だけで航行しているときはディーゼルエンジンを停止できるため、低騒音で行動しやすくなります。

特に低速での水中行動では、静粛性を生かした運用が可能です。

原子力関連設備を必要としない

原子炉を運用するには、高度な技術や原子力関連施設、専門的な人員などが必要です。

通常動力型潜水艦ではこれらの設備を必要としないため、原子力潜水艦を保有しない多くの国でも運用されています。

ディーゼル・エレクトリック潜水艦のデメリット

通常動力型潜水艦には、原子力潜水艦とは異なる制約があります。

エネルギー量に限界がある

深く潜っている間は、基本的に蓄電池など艦内に蓄えたエネルギーを使用します。

そのため、利用可能な電力量には限界があります。

蓄電池の残量が少なくなれば、何らかの方法で再びエネルギーを補給しなければなりません。

定期的なシュノーケル運転が必要になる

AIPなどを使用しない一般的なディーゼル・エレクトリック潜水艦では、蓄電池を再充電するために定期的にシュノーケル深度まで上昇し、ディーゼルエンジンを運転する必要があります。

この時間帯は、深く潜って静かに航行している状態よりも探知される要因が増えます。

高速航行では電力を多く消費する

潜水艦は速度を上げるほど水の抵抗が増え、より大きな推進出力が必要になります。

そのため、蓄電池だけで高速航行を続けると電力消費が急激に増えます。

長時間潜航する場合は、低速で効率よく航行することが重要になります。

原子力潜水艦との違い

通常動力型潜水艦と原子力潜水艦では、エネルギー源が大きく異なります。

原子力潜水艦は外気に依存しない

原子力潜水艦では、原子炉で発生した熱エネルギーを利用して推進や発電を行います。

原子炉はディーゼルエンジンのような燃焼を行わないため、運転するために大気中の酸素を取り込む必要がありません。

そのため、通常動力型潜水艦のように蓄電池を充電する目的で定期的にシュノーケル深度まで上昇する必要はありません。

長期間の水中行動に向いている

原子力潜水艦は、推進用エネルギーという観点では非常に長期間の水中行動が可能です。

一方、通常動力型潜水艦は蓄電池やAIPなどの搭載エネルギー量に大きく左右されます。

ただし、原子力潜水艦であっても食料や乗員、機器の整備などによる実際の運用上の制約は存在します。

現代でもディーゼルエンジンが使われる理由

原子力推進技術が存在する現在でも、通常動力型潜水艦がなくなったわけではありません。

沿岸海域などの任務に適している

すべての潜水艦が長距離を高速で移動する必要があるわけではありません。

沿岸防衛や特定海域での監視などでは、比較的小型で静粛性を高めやすい通常動力型潜水艦が適している場合があります。

蓄電池技術が進歩している

リチウムイオン電池をはじめとする蓄電技術が進歩したことで、通常動力型潜水艦の水中航行能力も向上しています。

さらにAIPや高効率な電動機などの技術を組み合わせることで、従来より長時間にわたって潜航できる潜水艦も開発されています。

潜水艦のディーゼルエンジンについて理解しておきたいポイント

潜水艦のディーゼルエンジンについて重要なのは、**「ディーゼルエンジンだけで水中を航行しているわけではない」**という点です。

現代の代表的なディーゼル・エレクトリック潜水艦では、ディーゼルエンジンを主として発電に使用します。

シュノーケルを使用できる浅い深度では、外気を取り込んでディーゼルエンジンを運転し、発電や蓄電池の充電を行えます。

一方、シュノーケルを使用できない深度まで潜ればディーゼルエンジンを停止し、蓄電池から供給される電力によって電動機を動かします。

つまり、通常動力型潜水艦は、空気を必要とするディーゼルエンジンと、空気を必要としない電動推進を使い分けることで水上と水中の両方を行動できる仕組みになっています。

さらに現在では、リチウムイオン電池やAIPなどの技術によって水中行動能力も向上しています。

潜水艦のディーゼルエンジンは単なる推進用エンジンではなく、艦全体の電力と水中行動能力を支える重要なシステムの一部といえるでしょう。

以上、潜水艦のディーゼルエンジンについてでした。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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