潜水艦の「望遠鏡」と呼ばれる装置は、一般には潜望鏡(せんぼうきょう、periscope)を指します。
潜望鏡は、潜水艦が船体を海面下に隠したまま、海上の船舶や航空機、海岸などを観察するための装置です。
潜水艦は、敵などに発見されにくい状態を保ちながら周囲の情報を集める必要があります。
そのため、船体全体を海上に出すのではなく、細い潜望鏡やセンサーマストの先端だけを海面上に出して周囲を確認します。
なお、現代の潜水艦では従来型の光学式潜望鏡だけでなく、カメラや赤外線センサーを利用するフォトニクス・マストが採用されることもあります。
潜水艦の潜望鏡の仕組み
海上から入った光を船内まで導く
従来型の潜望鏡は、海面上の景色から届く光を、レンズやプリズムなどによって船内の観察部まで導く仕組みになっています。
一般的な潜望鏡の原理を単純化すると、上部から入った光の進行方向を鏡やプリズムによって変え、観察者の目まで届ける構造です。
ただし、実際の潜水艦に搭載される潜望鏡は、上下に2枚の鏡を置いただけの単純な装置ではありません。
複数のレンズやプリズムなどを組み合わせた高度な光学系が使われています。
光の流れを簡単に表すと、次のようになります。
海上の景色
↓
潜望鏡上部の光学装置
↓
レンズやプリズムなどの光学系
↓
艦内の観察部
↓
乗員の目
この仕組みによって、乗員は海面より下にいながら、水上の様子を見ることができます。
従来型の潜望鏡は細長いマスト状になっている
従来型の潜望鏡は、潜水艦の上部から艦内の観察位置まで続く細長いマスト状の装置です。
使用するときには上部を海面上まで伸ばし、使用しないときには収納できる構造が一般的です。
従来型では、艦外から艦内まで光学経路を確保する必要があります。
そのため、潜望鏡の配置は艦内レイアウトにも影響します。
一方、後述するフォトニクス・マストでは、映像を電気信号として艦内に送ることができるため、従来型のような長い光学経路を艦内まで通す必要がありません。
潜望鏡と普通の望遠鏡の違い
遠くを見るだけの装置ではない
潜望鏡にも遠くの対象を拡大して見る機能があります。
そのため、離れた船舶や海岸などを詳しく観察できます。
ただし、潜望鏡の最大の特徴は単に遠距離を見ることではありません。
観察者とは異なる高さにある景色を見ることができる点にあります。
潜水艦の乗員は海面より下にいますが、潜望鏡の先端を海面上に出すことで、水上の景色を観察できます。
周囲のさまざまな方向を確認できる
潜水艦用の潜望鏡は、一方向だけを見るための装置ではありません。
潜望鏡を回転させるなどして、周囲の広い範囲を観察できます。
これによって、海上に船舶がいないか、危険な対象が接近していないかといった状況を確認できます。
潜水艦の潜望鏡は何に使われるのか
水上の船舶を確認する
潜望鏡の代表的な用途は、水上を航行する船舶の確認です。
潜水艦は水中にいるため、そのままでは海面上を肉眼で見ることができません。
ソナーによって周囲の音響情報を得ることはできますが、音だけでは対象を視覚的に確認できません。
潜望鏡を使用すれば、船舶の姿や進行方向、周辺の状況などを直接観察できます。
そのため、周囲の状況を判断するための重要な視覚情報を得ることができます。
浮上前の安全確認を行う
潜望鏡は、潜水艦が浮上する前の安全確認にも利用されます。
周囲の状況を十分に確認せずに浮上すると、海上を航行している船舶と衝突する危険があります。
そのため、潜水艦はソナーなどによる情報と、必要に応じて潜望鏡や電子光学センサーから得た情報を組み合わせて周囲を確認します。
特に船舶の往来が多い海域では、浮上前の確認が非常に重要です。
航海や位置確認に利用する
潜望鏡は、航海上の情報収集にも利用されてきました。
GPSなどの衛星測位システムが存在しなかった時代には、海岸線や灯台、天体などを観測して位置を確認することもありました。
現代の潜水艦では、慣性航法装置や衛星測位などの高度な航法システムが使用されています。
それでも、海面上の状況を直接確認できる光学・電子光学センサーは、航海上の判断を補助する重要な手段です。
軍事的な情報収集に利用する
軍用潜水艦では、潜望鏡を使って水上艦艇などの状況を確認します。
視覚情報からは、対象の種類や形状、進行方向、周囲の状況などを確認できます。
現代では、取得した映像や画像を電子化し、ほかのセンサー情報と組み合わせて利用するシステムも発達しています。
潜望鏡深度とは
潜望鏡を使用できる程度の浅い深度
潜望鏡を使用するとき、潜水艦は海面近くまで上昇します。
このような状態は一般に潜望鏡深度(periscope depth)と呼ばれます。
潜望鏡深度では、潜水艦の船体そのものは基本的に海面下にあります。
その一方で、潜望鏡やセンサーマストの先端を海面上に出せる程度の深さを航行します。
深度は潜水艦によって異なる
潜望鏡深度は「必ず海面下何メートル」と一律に決められるものではありません。
潜水艦の大きさや形状、潜望鏡・マストの長さ、海況などによって条件が異なるためです。
そのため、一般向けの記事では特定の数値を固定して説明するよりも、「潜望鏡を使用できる程度の浅い深度」と理解する方が適切です。
潜望鏡を使うと潜水艦が発見されることもある
潜望鏡の先端は海面上に出る
潜望鏡は、潜水艦本体を海面下に隠したまま周囲を観察できる装置です。
しかし、使用中は潜望鏡やマストの先端が海面上に露出します。
そのため、潜水艦本体を浮上させるよりは発見されにくいものの、完全に見えなくなるわけではありません。
近距離では、目視やカメラによって発見される可能性があります。
海況や速度によっては航跡が生じる
潜望鏡やマストを海面上に出した状態で航行すると、速度や波の状態によって水しぶきや小さな航跡が生じる場合があります。
それが手掛かりとなり、潜水艦の存在を発見される可能性もあります。
したがって、軍用潜水艦では潜望鏡やマストを必要以上に長時間露出させないことが重要になります。
レーダーなどで探知される可能性もある
潜望鏡の先端は非常に小さいものの、海面上に物体が露出している以上、条件によってはレーダーなどで探知される可能性があります。
現代の対潜水艦戦では、潜望鏡や各種マストのような小さな目標を探知するためのセンサーも発達しています。
そのため、潜望鏡を使用する行為そのものが潜水艦にとって一定のリスクになります。
潜望鏡には用途の異なる種類がある
捜索用潜望鏡
従来型の潜水艦では、用途の異なる複数の潜望鏡を搭載することがありました。
その代表例の一つが捜索用潜望鏡です。
捜索用潜望鏡は、周囲を広く観察し、海上の状況を把握することを重視した装置です。
攻撃用潜望鏡
歴史的な軍用潜水艦では、攻撃時の観測を目的とした攻撃用潜望鏡も使用されてきました。
攻撃用潜望鏡では、目標の方位や見え方などを観測し、その情報を魚雷射撃計算などに利用しました。
また、敵から発見されにくくするため、海面上に露出する部分を細くするなどの工夫が施される場合もありました。
ただし、現代のすべての潜水艦が「捜索用」と「攻撃用」という2種類の潜望鏡を装備しているわけではありません。
センサーの電子化や統合が進んでいるため、潜水艦によって構成は異なります。
現代の一部の潜水艦ではフォトニクス・マストを採用
カメラや赤外線センサーで海上を見る
現代の一部の潜水艦では、従来型の光学式潜望鏡に代わって、フォトニクス・マスト(photonics mast)が採用されています。
フォトニクス・マストでは、海面上に出るマスト部分に可視光カメラや赤外線センサーなどを搭載します。
そこで取得した映像を電気信号として艦内へ送り、乗員はディスプレイ上で確認します。
機種によっては、低照度環境での撮影機能や測距機能などが組み合わされる場合もあります。
接眼レンズを直接のぞく必要がない
従来型の潜望鏡では、光学系を通して送られてきた映像を接眼部から観察します。
一方、フォトニクス・マストではカメラが撮影した映像をモニターに表示できます。
そのため、特定の乗員だけが接眼レンズをのぞくのではなく、複数の乗員が同じ映像を共有することも可能になります。
艦内レイアウトの自由度を高められる
フォトニクス・マストでは、従来型潜望鏡のように長い光学経路を艦内の観察位置まで通す必要がありません。
映像を電子的に伝送できるため、指揮所を潜望鏡の真下に配置しなければならないといった制約を減らすことができます。
その結果、艦内設備の配置自由度を高められるという利点があります。
ただし、フォトニクス・マストであっても、マストを動かす機構や配線などは必要です。
そのため、「耐圧船殻に何も貫通しない」と理解するのではなく、従来型潜望鏡のような光学筒を艦内まで通す必要がないと考えるのが適切です。
潜望鏡とソナーの違い
ソナーは主に音を利用する
潜水艦には、潜望鏡とは別にソナーが搭載されています。
ソナーは、水中を伝わる音を利用して周囲の状況を把握する装置です。
特に軍用潜水艦では、相手が発する音を受信するパッシブソナーが重要な役割を担います。
ソナーによって、対象の存在や方位、音響的な特徴などを把握できます。
潜望鏡は視覚情報を得る
一方、潜望鏡やフォトニクス・マストは、海上の対象を視覚的に確認するための装置です。
つまり、
ソナーは音響情報を得る装置。
潜望鏡やフォトニクス・マストは視覚・赤外線情報を得る装置。
という違いがあります。
現代の潜水艦では、これらに加えて電子情報なども組み合わせ、複数のセンサーから得た情報を総合的に判断します。
潜望鏡とソナーはどちらか一方があればよいものではなく、互いに異なる情報を補完する装置と考えると分かりやすいでしょう。
第二次世界大戦時には潜望鏡が特に重要だった
魚雷攻撃のための目標観測に使われた
潜望鏡は、第二次世界大戦期の潜水艦を象徴する装備の一つです。
当時は現在のような高度な電子光学センサーやコンピューターによる情報処理システムが存在しなかったため、潜望鏡による目標観測が非常に重要でした。
潜水艦は潜望鏡深度まで上昇し、潜望鏡を使って敵艦などを観察しました。
そこで目標の方位や見え方などを確認し、目標の針路や速度などを推定して魚雷射撃計算に利用しました。
映画などで艦長が潜望鏡をのぞきながら敵艦を確認する場面がよく描かれるのは、このような歴史的運用によるものです。
潜水艦の潜望鏡は光学装置から電子光学システムへ進化している
潜水艦の望遠鏡として知られる潜望鏡は、船体を海面下に隠したまま、海面上の状況を観察するための装置です。
従来型の潜望鏡では、海面上から入った光をレンズやプリズムなどの光学系によって艦内まで導き、乗員が直接観察します。
主な用途は、水上船舶の確認、浮上前の安全確認、航海上の情報収集、軍事的な目標識別などです。
一方、現代の一部の潜水艦では、可視光カメラや赤外線センサーを備えたフォトニクス・マストが採用されています。
フォトニクス・マストでは、取得した映像を電子的に艦内へ送り、ディスプレイ上で確認できます。
そのため、現代の潜水艦における「望遠鏡」は、単に遠くを見るための装置ではありません。
周囲の状況を把握するための重要な光学・電子光学センサーシステムとして発展していると考えると分かりやすいでしょう。
以上、潜水艦の望遠鏡の仕組みや用途についてでした。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
















