潜水艦のトイレの仕組みについて

潜水艦にも、乗員が長期間生活するためのトイレが設置されています。

便器そのものは一般的な洋式トイレに近い場合がありますが、排泄物や汚水を処理する仕組みは家庭用トイレとは大きく異なります。

その理由は、潜水艦が高い水圧のかかる海中を航行するためです。

潜航中は船外の水圧が船内の気圧よりも高くなるため、家庭用トイレのように排泄物をそのまま自然排水することはできません。

そのため潜水艦では、排泄物や汚水を艦内の衛生排水設備で集め、適切に保持・処理・移送する仕組みが必要になります。

なお、具体的な設備や処理方法は、国や艦級、建造年代によって異なります。

目次

潜水艦のトイレが家庭用トイレと違う理由

潜航中は船外の水圧が非常に高くなる

潜水艦のトイレを理解するうえで、最も重要なのが船内と船外の圧力差です。

海では水深が深くなるほど水圧が高くなります。

目安としては、水深が約10メートル増えるごとに約1気圧分の圧力が加わります。

一方、乗員が生活する潜水艦の船内は、人間が生活できるように大気圧に近い環境に保たれています。

そのため潜航中に船内と海を単純な排水管でつないで弁を開くと、排泄物が外へ流れるのではなく、高圧の海水が船内側へ入り込もうとします。

この圧力差が、潜水艦のトイレに特殊な排水設備が必要になる最大の理由です。

排泄物を直接船外へ流すことはできない

家庭用トイレでは、水を流すと排泄物は下水道や浄化槽へ送られます。

しかし潜水艦には、陸上の下水道のような常時利用できる排水先がありません。

さらに、潜航中は船外の圧力が高いため、重力だけを利用した単純な自然排水も困難です。

そのため、潜水艦では排泄物や汚水をいったん艦内の衛生排水系統に集め、安全に管理する必要があります。

潜水艦のトイレの基本的な流れ

便器から衛生排水系統へ送られる

潜水艦でトイレを使用すると、排泄物は洗浄水などとともに配管へ送られます。

排泄物の移送方法は艦によって異なり、水流を利用する方式のほか、真空を利用する方式も存在します。

重要なのは、便器から直接海へ排出されるのではなく、艦内の衛生排水設備へ送られるという点です。

汚水を艦内で収集・保持する

排泄物を含む汚水は、タンクなどの設備へ集められます。

歴史的な潜水艦では「sanitary tank」と呼ばれる衛生タンクが使用された例があります。

一方、現代の軍艦では、CHTやVCHTと呼ばれる汚水処理システムが採用される例があります。

CHTは「Collection, Holding and Transfer」の略で、汚水を収集し、保持し、必要に応じて移送するための設備です。

VCHTは真空を利用した方式で、「Vacuum Collection, Holding and Transfer」と呼ばれます。

ただし、すべての現代潜水艦が同じCHTやVCHTを使用しているわけではありません。

具体的な構造は艦級によって異なります。

条件に応じて処理や移送を行う

艦内に集められた汚水は、そのまま無条件で海へ排出されるわけではありません。

艦の設備や運用状況、航行している海域の規則などに応じて、保持・処理・移送が行われます。

港では、艦内の汚水を専用ホースなどを使って陸上側の処理設備へ移送する場合もあります。

つまり潜水艦のトイレは、単なる便器ではなく、艦全体の衛生管理システムの一部として機能しています。

昔の潜水艦では圧縮空気を利用する方式もあった

衛生タンクを加圧して汚水を排出する

旧式潜水艦では、汚水を集めた衛生タンクを圧縮空気で加圧し、内容物を船外へ押し出す方式が使用された例があります。

潜航中は船外の水圧が高いため、単純に排出弁を開くだけでは汚水を外へ出すことができません。

そこでタンク内の圧力を高め、船外の水圧に対抗できる状態を作ってから排出する仕組みが採用されていました。

こうしたタンクから液体を圧縮空気で押し出す操作は、潜水艦では「blow」と表現されることがあります。

バルブの操作が重要だった

旧式潜水艦の衛生設備では、タンクや配管に設けられた複数のバルブを適切に操作する必要がありました。

タンクを船内側から隔離したうえで加圧し、船外側の排出経路を使用して汚水を排出するという考え方です。

ただし、具体的なバルブの数や操作順序は艦級によって異なります。

そのため、「潜水艦のトイレには共通する決まったバルブ操作手順がある」と考えるのは正確ではありません。

操作を間違えると汚水が逆流することはある?

圧力差による逆流の危険がある

旧式潜水艦のトイレについては、「操作を間違えると汚物が噴き出す」という話が紹介されることがあります。

これは完全な作り話ではありません。

潜航中は船外の水圧が高く、さらに衛生タンクを圧縮空気で加圧する方式では、配管内部にも大きな圧力がかかります。

そのため、不適切な状態でバルブを操作すると、海水や空気、汚水などが意図しない方向へ移動する可能性があります。

現代潜水艦まで一般化するのは正確ではない

ただし、

「潜水艦のトイレは操作を間違えると必ず汚物が噴き出す」

という説明は誤りです。

こうした話は、主に複雑な手動操作が必要だった旧式潜水艦の衛生設備に関係しています。

現代の潜水艦では設備が異なるため、同じ仕組みだと考えるべきではありません。

現代の潜水艦では真空式のトイレも使われる?

真空を利用した汚水処理システムが存在する

現代の軍艦では、真空を利用して汚水を収集・移送するVCHTと呼ばれるシステムが使用される例があります。

真空式では、家庭用トイレのように大量の水で排泄物を押し流すのではなく、圧力差を利用して配管内を移動させます。

航空機や一部の船舶で使われる真空式トイレと、基本的な考え方が似ている部分があります。

すべての潜水艦が真空式とは限らない

一方で、現在運用されているすべての潜水艦が真空式トイレを採用しているわけではありません。

潜水艦の衛生設備は、国、艦級、建造年代、設計思想などによって異なります。

そのため、

「現代の潜水艦はすべて真空式トイレである」

と説明するのは適切ではありません。

トイレの汚水はどこへ行く?

艦内の衛生排水設備で管理される

潜水艦のトイレから出た排泄物は、艦内の衛生排水設備で管理されます。

歴史的な潜水艦では衛生タンクへ集められ、現代の艦艇では収集・保持・移送を行う汚水処理設備が使用される場合があります。

その後の処理方法は、艦の設備や航行条件によって異なります。

港では陸上設備へ移送することがある

港に停泊している場合には、艦内の汚水を陸上の下水・処理設備へ移送できる場合があります。

米海軍の潜水艦向け衛生規定でも、潜水艦と陸上を接続するための汚水用ホースについて記載されています。

つまり潜水艦では、常に海中へ汚水を排出するわけではなく、港湾施設を利用して処理する運用も行われています。

潜水艦のトイレには海水を使う?

海水を利用した例もある

潜水艦によっては、便器の洗浄などに海水を利用した例があります。

船内で使用できる真水には限りがあるため、海水を利用できれば真水の消費を抑えることができます。

ただし、潜水艦のすべてのトイレが海水で流す仕組みというわけではありません。

艦級によって洗浄方法は異なる

現代の艦艇には真空式などさまざまな衛生設備があるため、洗浄水の種類や使用量も一律ではありません。

そのため、

「潜水艦のトイレは必ず海水を使う」

という説明は避ける必要があります。

トイレットペーパー以外の物を流してはいけない理由

配管やポンプの詰まりを防ぐため

潜水艦の衛生設備では、配管やポンプ、バルブなどを正常に保つことが非常に重要です。

異物を流すと、配管の詰まりやポンプの故障、バルブの動作不良などにつながる可能性があります。

陸上の施設と違い、潜航中の潜水艦では外部の修理業者を呼ぶことはできません。

そのため、艦内設備のトラブルを未然に防ぐことが重要になります。

流してよい物は厳しく管理される

具体的に何を流せるかは艦の設備や運用規則によって異なります。

そのため、「潜水艦では特定の種類のトイレットペーパーしか使用できない」と一律に断定することはできません。

一般的には、衛生配管に詰まりを起こすような異物を流さないことが重要です。

潜水艦のトイレは臭わないの?

艦内の換気・空調設備で臭気を管理する

潜水艦は密閉された空間なので、窓を開けて換気することはできません。

そのため、トイレだけでなく、調理、人間の体臭、機械類などから発生するさまざまな臭気を換気・空調設備によって管理する必要があります。

トイレの臭気についても、艦全体の空気管理システムの一部として対策されています。

完全に無臭とは限らない

もちろん、潜水艦の内部が常に完全な無臭状態というわけではありません。

限られた空間に多くの乗員が長期間生活するため、臭気管理は潜水艦の居住性を維持するうえで重要な課題です。

原子力潜水艦と通常動力型潜水艦で違いはある?

トイレの基本原理は共通している

原子力潜水艦でもディーゼル・エレクトリック式などの通常動力型潜水艦でも、潜航中に船内と船外の間に圧力差が生じることは共通しています。

そのため、

排泄物を安全に収集すること。

船外の海水と船内を適切に隔離すること。

汚水を保持・処理・移送すること。

といった基本的な考え方は共通しています。

推進方式だけでトイレの仕組みは決まらない

ただし、原子力潜水艦だから特定のトイレ方式を採用し、通常動力型潜水艦だから別の方式を採用するという単純な区分はできません。

衛生設備は、推進方式だけではなく、建造年代や艦級、設計思想などによって変わります。

潜水艦のトイレと家庭用トイレの違い

最も大きな違いは船外との圧力差

家庭用トイレと潜水艦のトイレの最大の違いは、排水先の環境です。

家庭用トイレは下水道などへ比較的簡単に排水できますが、潜水艦の船外には高圧の海水があります。

そのため、排水経路を安全に隔離し、圧力を管理しながら汚水を扱わなければなりません。

項目家庭用トイレ潜水艦のトイレ
主な排水先下水道・浄化槽艦内の衛生排水設備
排泄物の処理使用時に下水へ送る艦内で収集・保持・移送
船外との圧力差ほぼ考慮不要潜航中は非常に大きい
タンク通常は不要艦によって使用
真空利用一般家庭では少ない艦によって使用
排出・移送方法下水設備へ自然排水艦級や運用条件によって異なる
設備故障の影響一般に局所的艦内生活に大きな影響を与える

潜水艦のトイレで最も重要なのは圧力管理

潜水艦のトイレは、単に「狭い場所に設置された特殊な水洗トイレ」ではありません。

本質的には、

人間が生活する船内と、高い水圧がかかる船外を安全に隔離しながら、排泄物や汚水を管理する衛生設備

と考えると分かりやすいでしょう。

旧式潜水艦では、衛生タンクへ汚水を集め、圧縮空気を利用して内容物を排出する方式が使われた例があります。

一方、現代の軍艦ではCHTやVCHTなど、汚水を収集・保持・移送する高度な衛生設備が使用される例があります。

ただし、潜水艦のトイレや汚水処理設備は、国や艦級、建造年代によって大きく異なります。

そのため、「潜水艦のトイレは必ずこの方式」と一つの仕組みに決めつけるのではなく、潜航中の大きな圧力差を安全に処理しながら、排泄物を艦内で管理する設備であると理解するのが最も正確です。

以上、潜水艦のトイレの仕組みについてでした。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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