潜水艦が海中で通信する方法について

潜水艦は海中に潜ったまま活動するため、一般的な船舶や航空機とは異なる通信方法を使用します。

その最大の理由は、海水が多くの電波を強く減衰させる性質を持っているためです。

携帯電話やWi-Fiなどで使われる比較的高い周波数の電波は、海中に入ると急速に弱くなるため、深く潜航している潜水艦との通信には適していません。

そこで潜水艦では、VLF(超長波)のような低い周波数の電波を使った受信、海面近くにアンテナを出した無線・衛星通信、通信ブイ、水中音響通信などを状況に応じて使い分けます。

また、軍用潜水艦にとって通信は単に情報をやり取りするためのものではありません。

潜水艦の最大の強みである隠密性を維持しながら通信することも重要な課題となります。

目次

潜水艦の通信が難しい理由

海水は一般的な電波を通しにくい

海水には塩分が含まれており、電気を比較的よく通します。

このため電波が海水中に入るとエネルギーが吸収され、多くの周波数帯では短い距離で大きく減衰します。

そのため、水上で利用できる一般的な無線通信や衛星通信の電波を、そのまま深い海中にいる潜水艦まで届けることは困難です。

一方で、周波数の低い電波ほど海水中への浸透性が高くなる傾向があります。

この性質を利用している代表的な通信方式がVLFです。

VLF(超長波)による通信

VLFとは

VLFは「Very Low Frequency」の略で、日本語では超長波と呼ばれます。

一般に3~30kHzの非常に低い周波数帯を指します。

VLFは通常の無線通信に使われる高い周波数の電波よりも海水中へ浸透しやすいため、潜航している潜水艦に情報を送る方法として利用されています。

ただし、VLFであれば海のどこまでも自由に電波が届くわけではありません。

VLFも海水中では徐々に減衰するため、受信可能な条件には深度や海況、アンテナなどによる制約があります。

そのため、潜水艦では適切な深度やアンテナ設備を利用しながらVLFを受信します。

VLFは潜水艦への情報伝達に向いている

潜水艦通信でVLFが重要なのは、潜航中でも比較的受信しやすいことです。

陸上などに設置された大規模なVLF送信設備から潜水艦へ向けて、指令や各種情報を送ることができます。

一方、VLFは波長が非常に長いため、効率よく送信するためには大規模なアンテナや高出力の設備が必要になります。

こうした設備を潜水艦の限られた船体内に設けることは容易ではありません。

このため潜水艦通信では、VLFは主として陸上などの送信局から潜水艦へ情報を伝える用途で使われます。

ただし、VLFという言葉そのものが一方向通信を意味するわけではありません。

VLFはあくまで周波数帯の名称であり、潜水艦通信における実際の運用として受信側に使われることが多いと理解するとよいでしょう。

潜水艦はどのようにVLFを受信するのか

専用アンテナを利用する

潜水艦では、低周波通信を受信するためのアンテナ設備が使用されます。

艦艇やシステムによって方式は異なりますが、海中や海面付近にアンテナを展開してVLF信号を受信する方法があります。

たとえば、潜水艦から後方へ長いアンテナを展開する曳航式アンテナが用いられる場合があります。

潜水艦本体が完全に浮上しなくても情報を受信できることは、隠密性の面で大きな利点です。

ただし、どの程度の深度でどのアンテナを使うかといった具体的な運用方法は、国や艦級によって異なります。

軍用潜水艦については詳細が公開されていない場合も多いため、一律に説明することはできません。

浅い深度からアンテナを出して通信する方法

潜望鏡深度付近まで上昇する

潜水艦がより多くの情報を送受信する必要がある場合には、比較的浅い位置まで上昇することがあります。

そして通信マストやアンテナを海面上に露出させて通信します。

アンテナが海水から外に出れば、海中では使いにくい通常の無線通信を利用しやすくなります。

使用するシステムによっては、HF、VHF、UHFなどの無線通信や衛星通信が利用されます。

この方法では、VLFなどの低周波通信よりも多くの情報を高速に送受信することが可能になります。

衛星通信も利用できる

アンテナを海面上に出せる状況では、通信衛星を利用することもできます。

衛星通信を利用すれば、潜水艦から司令部へ情報を送ったり、作戦に必要なデータを受け取ったりすることができます。

ただし、潜水艦の衛星通信にはアンテナの大きさや通信可能時間、回線容量などの制約があります。

そのため、「潜水艦でも地上の高速インターネットと同じように常時大容量通信ができる」と考えるのは適切ではありません。

VLFなどと比較すれば、より高速かつ多くのデータを扱える通信手段と理解するとよいでしょう。

通信のために浅くなると探知リスクが高まる

ステルス性と通信能力にはトレードオフがある

浅い位置まで上昇してアンテナや通信マストを海面上に出せば、通信能力は高くなります。

しかし潜水艦にとっては、隠密性の面で不利になる可能性があります。

海面上にマストやアンテナを露出させたり、自艦から電波を送信したりすると、各種センサーや電子情報収集によって探知されるリスクが高まる可能性があるためです。

そのため潜水艦では、

「どれだけ多くの情報を通信する必要があるか」

「どの程度まで隠密性を優先する必要があるか」

を考慮しながら通信方法を選択します。

潜水艦通信では、通信性能だけではなく、通信に伴う被探知リスクも重要なのです。

通信ブイを利用する方法

潜水艦からブイを海面付近へ展開する

潜水艦通信には、通信ブイを利用する方式も存在します。

通信ブイとは、潜水艦本体を海中に置いたまま、通信装置やアンテナを海面または海面付近へ展開するための装置です。

ブイ側で無線通信や衛星通信などを行い、その情報を潜水艦へ伝える仕組みが利用されることがあります。

これにより、潜水艦そのものが海面近くまで上昇しなければならない状況を減らせる可能性があります。

通信ブイにはさまざまな方式がある

通信ブイには一つの決まった構造があるわけではありません。

潜水艦とケーブルなどで接続しながら使用する曳航式の通信ブイや、潜水艦から展開・射出するタイプなど、複数の方式が存在します。

そのため、

「潜水艦の通信ブイは必ず光ファイバーで接続されている」

「通信ブイを使えば必ず深海から高速通信できる」

といった説明は正確ではありません。

利用できる深度や通信方式、ブイの構造などはシステムによって異なります。

また、ブイそのものが海面に現れることで探知される可能性もあるため、通信ブイを使用すれば隠密性の問題が完全に解消されるわけではありません。

水中音響通信を利用する方法

水中では音波が利用できる

海中では電波よりも音波のほうが遠くまで伝わりやすいという特徴があります。

この性質を利用して情報を伝える技術が水中音響通信です。

水中音響通信では、音響信号にデータを載せて海中へ送信します。

ソナーと同じく水中を伝わる音波を利用しますが、目的は異なります。

ソナーは主として対象物の探知や測距などに使われるのに対し、水中音響通信は情報を伝えることを目的としています。

潜水艦以外の水中機器との通信にも使われる

水中音響通信は、潜水艦だけの技術ではありません。

水中無人機や海底センサー、各種観測装置、水上艦艇などとの通信にも利用されています。

海中にある機器同士で情報をやり取りできることが大きな特徴です。

ただし、水中音響通信を潜水艦と陸上司令部を結ぶ一般的な長距離通信手段として考えるのは適切ではありません。

VLFや衛星通信とは用途や性質が異なる通信技術です。

水中音響通信にも制約がある

音波は水中を伝わりやすい一方、通信環境は非常に複雑です。

水温や塩分濃度、水深、海底地形などによって音の伝わり方が変化します。

さらに、

船舶の騒音

海洋生物
海底や海面からの反射

などの影響も受けます。

このため、水中で安定した高速通信を行うことは簡単ではありません。

また、音響信号を発信すれば、その音を第三者に捉えられる可能性もあります。

軍用潜水艦では隠密性が重要であるため、水中音響通信の使用にも慎重な判断が求められます。

ELF(極超長波)は歴史的な潜水艦通信技術

VLFよりさらに低い周波数を利用する

潜水艦通信の歴史を調べると、ELFという言葉が登場することがあります。

ELFは「Extremely Low Frequency」の略で、VLFよりさらに低い周波数帯です。

非常に低い周波数を使用するため、VLFよりも海水中への浸透性という点で有利になります。

この性質を利用し、過去には深く潜航している潜水艦へ信号を送る手段として研究・運用されていました。

ELFでは大量の情報を送れない

ELFには大きな弱点があります。

利用できる帯域幅が非常に狭いため、データ通信速度が極めて低いことです。

画像や動画、大量の文書などを送信する用途には適していません。

短い命令や、別の通信手段を確認するよう促す信号など、限られた情報を伝える用途に適した方式でした。

また、ELFを送信するには極めて大規模な施設が必要になります。

現在の代表的な通信方法として扱うのは適切ではない

ELFは潜水艦通信の歴史上重要な技術ですが、現在の潜水艦通信を説明する際には注意が必要です。

たとえば米海軍が運用していたELF通信システムは2004年に運用を終了しています。

そのため、現代の潜水艦通信を説明するときに、

「VLFとELFが現在も同じように主力通信として使われている」

と説明するのは適切ではありません。

ELFは、主に潜水艦通信の歴史や低周波通信技術を理解するための方式として紹介すると正確です。

潜水艦は必要に応じて送信を制限する

発信は被探知リスクを高める可能性がある

軍用潜水艦の大きな特徴は、敵に位置を知られにくいことです。

しかし、自艦から電波や音響信号を発信すると、その信号を第三者に捉えられる可能性があります。

条件によっては信号の到来方向などを分析され、発信源に関する情報を得られる可能性もあります。

そのため潜水艦では、必要のない送信を避け、状況によって受信主体の通信状態を取ることがあります。

ただし、

「潜水艦は基本的に受信しか行わない」

という意味ではありません。

作戦上必要であれば当然ながら情報を送信します。

重要なのは、必要な通信と隠密性のバランスを取ることです。

潜水艦通信では暗号化も重要

通信内容を第三者に知られないようにする

潜水艦通信では、通信できるかどうかだけでなく、通信内容を守ることも重要です。

軍事通信では、第三者に傍受された場合でも情報内容を容易に読み取られないよう、暗号化や認証などのセキュリティ技術が利用されます。

また、どのようなタイミングで、どの通信手段を使って、どのような情報を送信するかという運用方法そのものも重要な情報です。

そのため軍用潜水艦の具体的な暗号方式や通信手順、通信装置の詳細などは公開されていないものが多くあります。

一般に公開されている情報から理解できるのは、主として通信の基本原理や周波数帯、代表的な通信方式までと考えた方がよいでしょう。

日本の潜水艦でもVLF通信が利用されている

潜水艦向けのVLF設備が整備されている

日本でも、潜水艦との通信にVLFが利用されています。

防衛省・海上自衛隊の公開資料には「潜水艦放送系(VLF)」や「潜水艦向け超長波送信装置」などの名称が確認できます。

このことからも、VLFが日本の潜水艦通信を支える重要な通信手段の一つであることが分かります。

ただし、日本の潜水艦が実際にどの深度で、どのアンテナを使用して、どのような手順で通信しているのかといった詳細は公開されていません。

軍事上の機密に関わる部分については、公開されている情報以上のことを推測して断定しないことが重要です。

潜水艦の主な通信方法

通信方法は状況によって使い分けられる

潜水艦には、すべての状況に対応できる万能な通信手段があるわけではありません。

潜航深度や必要な情報量、通信相手、隠密性などによって複数の方法を使い分けます。

主な通信方法を整理すると、次のようになります。

通信方法特徴主な用途
VLF(超長波)通常の高い周波数より海水中へ浸透しやすい潜航中の潜水艦への情報伝達
無線通信海中では利用しにくいためアンテナを海面上へ出す双方向通信など
衛星通信VLFより多くのデータを高速に扱いやすい司令部などとの通信
通信ブイ潜水艦本体とは別に通信装置を海面付近へ展開できる状況に応じた無線・衛星通信
水中音響通信水中を伝わる音波を利用する水中機器などとの情報伝送
ELF(極超長波)海中への浸透性に優れるが通信速度が極めて低い歴史的に潜水艦通信で利用

潜水艦が海中で自由に通信できるわけではない

潜水艦通信で重要なのは、深く潜った状態でも地上と同じように自由な通信ができるわけではないという点です。

深く潜航して隠密性を高めれば、利用できる通信方法は限られます。

反対に、海面近くまで上昇してアンテナを出せば、より高速で多くの情報を送受信できますが、探知されるリスクが高まる可能性があります。

そのため潜水艦では、VLFによる受信、浅い深度からの無線・衛星通信、通信ブイなどを状況に応じて組み合わせます。

水中音響通信についても利用可能な技術ですが、陸上司令部との一般的な長距離通信とは用途が異なります。

また、ELFは潜水艦通信の歴史を理解するうえでは重要ですが、現代の代表的な通信方法としてVLFなどと同列に扱うべきではありません。

潜水艦の通信を理解するうえで最も重要なのは、「通信速度や情報量」と「隠密性」の間に大きなトレードオフがあることです。

潜水艦は単に「海中からどう電波を飛ばすか」を考えているのではなく、できるだけ位置を知られずに必要な情報を受け取り、必要なときだけ外部へ情報を送れるよう、複数の通信手段を使い分けているのです。

以上、潜水艦が海中で通信する方法についてでした。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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