日本における潜水艦の歴史は、明治時代の日露戦争期に始まりました。
当初は海外から潜水艇を導入していましたが、その後は国内での建造技術を発展させ、旧日本海軍時代には長距離航行が可能な大型潜水艦を多数整備しました。
第二次世界大戦後には旧日本海軍の解体によって潜水艦戦力が一度途絶えましたが、1950年代に海上自衛隊による潜水艦運用が再開されます。
現在では、静粛性や水中探知能力などを重視した高性能な通常動力型潜水艦が運用されています。
日本の潜水艦の歴史は明治時代に始まった
日露戦争中に日本初の潜水艇を導入
日本が潜水艦を本格的に導入したのは、日露戦争が行われていた1904~1905年ごろです。
日本海軍はアメリカから潜水艇を導入し、第1潜水艇から第5潜水艇までの5隻を整備しました。
これらの潜水艇はアメリカから部品の状態で日本へ運ばれ、横須賀海軍工廠で組み立てられました。
1905年には第1潜水艇隊が編成され、日本における本格的な潜水艦運用が始まります。
第6潜水艇は日本初の純国産潜水艦
日本は海外から潜水艇を導入するだけでなく、早い段階から国内建造にも取り組みました。
その代表が第6潜水艇です。
第6潜水艇は海外の設計を参考にしながら日本国内で建造され、海上自衛隊の資料では「わが国初の純国産潜水艦」とされています。
この頃から、日本は潜水艦を輸入する段階から、自国で設計・建造技術を蓄積する段階へと進んでいきました。
第一次世界大戦を経て潜水艦技術が発展
潜水艦の軍事的重要性が世界的に高まる
1914年に第一次世界大戦が始まると、潜水艦の軍事的重要性が世界的に認識されるようになります。
特にドイツ海軍のUボートは、敵国の商船などを攻撃する通商破壊戦に投入され、大きな影響を与えました。
日本海軍もこうした世界の動きを踏まえ、潜水艦戦力の拡充を進めていきます。
日本では艦隊作戦用の大型潜水艦が発達
日本海軍では、ドイツのような通商破壊だけではなく、水上艦隊と連携して敵艦隊を攻撃する潜水艦の運用が重視されました。
そのため、日本では航続距離が長く、太平洋の広い海域で活動できる大型潜水艦の開発が進められます。
後に「海大型」や「巡潜型」と呼ばれる大型潜水艦の系列が発展していきました。
1920~1930年代に大型潜水艦が発達
太平洋での長距離作戦を重視
日本は周囲を海に囲まれており、想定される主要な作戦海域も広大な太平洋でした。
そのため旧日本海軍では、潜水艦に長い航続距離や高い水上航行能力などが求められました。
敵艦隊が日本へ接近する途中で潜水艦が攻撃し、戦力を減少させてから日本海軍の主力艦隊が決戦を行うという考え方も重視されました。
こうした戦略思想が、日本独自の大型潜水艦の発達につながります。
海大型や巡潜型が登場
戦間期には、海大型や巡潜型などの大型潜水艦が整備されました。
海大型は旧日本海軍が整備した大型潜水艦系列の一つです。
巡潜型は「巡洋潜水艦」とも呼ばれ、特に長距離行動能力を重視していました。
遠洋まで進出し、敵艦隊の偵察や攻撃を行うことが想定されていました。
伊号・呂号・波号潜水艦が運用された
潜水艦には伊号などの名称が付けられた
旧日本海軍では、潜水艦の等級や類別などに応じて「伊号」「呂号」「波号」といった名称が使用されました。
特に大型潜水艦に多く使用された伊号は、第二次世界大戦期の日本潜水艦を代表する名称として広く知られています。
「伊○○潜水艦」のように番号を組み合わせて艦名が付けられていました。
日本海軍は多数の潜水艦を建造
明治時代から第二次世界大戦の終結まで、日本は多数の潜水艦を建造しました。
海上自衛隊潜水艦教育訓練隊の資料では、帝国海軍が建造した潜水艦は延べ241隻とされています。
その種類も非常に多く、作戦目的に応じてさまざまな潜水艦が開発されました。
太平洋戦争では多様な潜水艦が使用された
敵艦隊への攻撃が重視された
1941年に太平洋戦争が始まると、日本海軍の潜水艦も各地の作戦に投入されました。
日本海軍では潜水艦を利用した商船攻撃も行われましたが、ドイツ海軍ほど通商破壊戦を重視していたわけではありません。
日本では敵の空母や戦艦など、主力艦への攻撃を重視する傾向がありました。
これは、日本海軍が潜水艦を艦隊決戦を補助する戦力として位置付けていたことと関係しています。
航空機を搭載する潜水艦も開発された
旧日本海軍の潜水艦には、小型水上偵察機を搭載できる艦も存在しました。
潜水艦が浮上して航空機を組み立て、カタパルトなどを使用して発進させる仕組みです。
潜水艦による偵察範囲を広げる目的などで活用されました。
伊四百型は世界最大級の潜水艦だった
航空機搭載潜水艦の代表として知られているのが伊四百型潜水艦です。
伊四百型には格納筒が設けられ、特殊攻撃機「晴嵐」を搭載することが可能でした。
長距離航行した潜水艦から航空機を発進させ、遠方の目標を攻撃することを想定した非常に特殊な設計です。
建造当時は世界最大級の潜水艦でした。
特殊潜航艇や回天も開発された
特殊潜航艇は小型の潜水兵器
第二次世界大戦では、大型潜水艦だけでなく特殊潜航艇も使用されました。
特殊潜航艇は通常の潜水艦よりはるかに小型で、少人数の乗員によって運用される水中兵器です。
大型潜水艦などによって作戦海域付近まで運ばれ、敵艦への攻撃を行うことが想定されました。
人間魚雷「回天」が戦争末期に登場
戦争末期には、人間魚雷「回天」も開発されました。
回天は九三式酸素魚雷を基礎として開発された特攻兵器で、搭乗員が内部から操縦して敵艦への体当たり攻撃を行いました。
特殊潜航艇とは異なり、搭乗員の帰還を前提としない兵器です。
日本とドイツを結んだ遣独潜水艦
潜水艦で日本とドイツを往復
第二次世界大戦中には、日本とドイツの間を潜水艦で結ぶ長距離航海も実施されました。
一般に「遣独潜水艦」と呼ばれる活動です。
当時、日本とドイツの間を通常の船舶で往来することは非常に困難でした。
そのため、潜水艦を利用して物資や軍事技術などを運ぶことが試みられました。
軍事技術や希少物資を輸送
遣独潜水艦では、軍事技術に関する資料や希少物資、人員などが輸送されました。
ただし、日本とドイツの間には非常に長い航海が必要であり、連合国軍による哨戒も行われていたため、極めて危険な任務でした。
すべての潜水艦が往復に成功したわけではありません。
戦争末期には潜水艦の輸送任務が増加
制海権と制空権の喪失が影響
太平洋戦争後半になると、日本は各地で制海権や制空権を失っていきました。
通常の輸送船を使用して前線へ物資を運ぶことが困難になったため、潜水艦が輸送任務に投入されることも増えていきます。
潜水艦であれば海中を移動できるため、水上艦より発見されにくいという利点がありました。
潜水艦は大量輸送には向いていない
ただし、潜水艦は本来、貨物輸送を目的として設計された艦艇ではありません。
搭載できる物資の量には限界があります。
そのため、潜水艦を輸送任務に使用せざるを得なくなったことは、日本の海上輸送が厳しい状況に追い込まれていたことを示す一例でもあります。
1945年に日本の潜水艦戦力が一度途絶える
敗戦によって旧日本海軍が解体
1945年8月に日本が敗戦すると、旧日本海軍は解体されました。
日本が保有していた残存潜水艦も連合国側の管理下に置かれ、多くが調査や処分の対象となりました。
これによって、日本の潜水艦戦力はいったん消滅します。
戦前と戦後で潜水艦史は一度断絶した
そのため、日本の潜水艦史は1945年を境として大きく二つに分けることができます。
一つが旧日本海軍時代であり、もう一つが戦後の海上自衛隊時代です。
現在の海上自衛隊は旧日本海軍とは異なる組織ですが、日本国内に蓄積されてきた造船技術などは戦後の潜水艦開発にも活用されていきました。
1955年に「くろしお」で潜水艦運用を再開
アメリカ海軍の「ミンゴ」を貸与
戦後の日本で潜水艦運用が再開されたのは1955年です。
日米艦艇貸与協定に基づき、アメリカ海軍のガトー級潜水艦「ミンゴ」が日本へ貸与されました。
海上自衛隊では、この潜水艦を「くろしお」と命名しています。
「くろしお」で潜水艦運用技術を習得
「くろしお」は単純に潜水艦戦力を補うだけの存在ではありませんでした。
海上自衛隊が潜水艦の操艦方法や整備、安全管理などを学ぶための重要な役割も担いました。
この「くろしお」を起点として、戦後の日本における潜水艦部隊が再構築されていきます。
1960年に戦後初の国産潜水艦「おやしお」が就役
日本独自の潜水艦建造が再開
1950年代後半になると、日本は再び国産潜水艦の建造に取り組みます。
その最初の艦が「おやしお」です。
「おやしお」は1960年に就役し、戦後初の純国産潜水艦となりました。
「はやしお」などへ発展
「おやしお」の約2年後には「はやしお」が就役しました。
その後も海上自衛隊では、なつしお型、おおしお、あさしお型など、国産潜水艦の建造を継続していきます。
日本の潜水艦技術は、戦後も世代交代を重ねながら発展しました。
冷戦期に潜水艦の性能が向上
日本周辺海域の監視が重要になる
冷戦期には、ソ連海軍が太平洋や日本周辺海域で活発に活動していました。
日本周辺には宗谷海峡、津軽海峡、対馬海峡などの重要な海峡があります。
そのため海上自衛隊では、日本周辺海域の警戒監視や防衛に潜水艦が重要な役割を担うようになります。
うずしお型やゆうしお型などが登場
1970年代以降には、うずしお型、ゆうしお型、はるしお型などが相次いで登場しました。
世代が進むにつれて、潜水艦の静粛性やソナー性能、水中航行能力などが向上していきます。
潜水艦は敵に発見されずに行動することが重要であるため、特に静粛化技術は重要な開発分野となりました。
おやしお型からそうりゅう型へ発展
おやしお型で大型化が進む
1990年代には、現在もよく知られているおやしお型潜水艦が登場しました。
船体構造やソナーなどの改良が進められ、日本の通常動力型潜水艦の性能はさらに向上していきます。
その次の世代として登場したのが、そうりゅう型です。
そうりゅう型でAIPを採用
そうりゅう型の初期艦では、AIPと呼ばれる非大気依存推進システムが採用されました。
通常動力型潜水艦は水中で使用できる電力に限界がありますが、AIPを利用することで、従来より長時間潜航しやすくなります。
通常動力型潜水艦の水中行動能力を高めるための重要な技術でした。
「おうりゅう」でリチウムイオン蓄電池を採用
そうりゅう型11番艦から採用
そうりゅう型11番艦「おうりゅう」では、リチウムイオン蓄電池が採用されました。
海上自衛隊によると、通常動力型潜水艦として世界で初めてリチウムイオン蓄電池を搭載した潜水艦です。
従来使用されてきた鉛蓄電池と比較して、大容量の電力を利用できることが大きな特徴です。
潜水艦の水中行動能力を向上
通常動力型潜水艦は、水中航行時に蓄電池の電力を使用します。
そのため、蓄電池の性能は潜水艦の水中航行能力に大きく影響します。
リチウムイオン蓄電池の採用は、日本の潜水艦開発における大きな技術的転換点となりました。
現在は「たいげい型」への世代交代が進んでいる
たいげい型は最新世代の潜水艦
そうりゅう型の後継として開発されたのが、たいげい型潜水艦です。
1番艦「たいげい」は2020年に進水し、2022年に就役しました。
たいげい型は全長約84メートル、基準排水量約3,000トンの通常動力型潜水艦です。
たいげい型が順次配備されている
2020年代には、たいげい型潜水艦の配備が順次進められています。
ただし、海上自衛隊では現在もそうりゅう型などが運用されているため、「たいげい型だけが現在の主力」と表現するのは正確ではありません。
「最新鋭のたいげい型への世代交代が進んでいる」と理解すると適切です。
日本の潜水艦は現在も通常動力型
日本は原子力潜水艦を運用していない
アメリカ、イギリス、フランス、中国、ロシアなどでは原子力潜水艦が運用されています。
一方、海上自衛隊は現在まで原子力潜水艦を運用していません。
たいげい型もディーゼル電気推進を採用する通常動力型潜水艦です。
通常動力型潜水艦の技術を継続的に発展
日本では長年にわたり、通常動力型潜水艦の静粛性や水中探知能力、蓄電池性能などを向上させてきました。
そうりゅう型でのAIPやリチウムイオン蓄電池の導入、さらにたいげい型への発展は、その技術的な積み重ねの一例です。
日本の潜水艦の歴史を時系列で整理
1905年ごろ
第1~第5潜水艇が整備され、日本における潜水艦運用が本格的に始まりました。
その後、第6潜水艇が日本初の純国産潜水艦として建造されます。
1920~1930年代
海大型や巡潜型など、長距離行動能力を持つ大型潜水艦が発達しました。
太平洋での艦隊作戦を意識した潜水艦開発が進みます。
1941~1945年
太平洋戦争では伊号潜水艦など多数の潜水艦が投入されました。
航空機搭載潜水艦や特殊潜航艇、回天など、さまざまな水中兵器も登場しました。
1945年
日本の敗戦によって旧日本海軍が解体され、日本の潜水艦戦力はいったん消滅しました。
1955年
アメリカ海軍の潜水艦「ミンゴ」が貸与され、「くろしお」として海上自衛隊の潜水艦運用が再開されました。
1960年
戦後初の純国産潜水艦「おやしお」が就役しました。
以降、日本では国産潜水艦の継続的な建造が進められます。
1970~1990年代
うずしお型、ゆうしお型、はるしお型、おやしお型などが登場しました。
静粛性や探知能力などが大きく向上していきます。
2000年代以降
そうりゅう型が登場し、AIPなどの新しい技術が採用されました。
後期型の「おうりゅう」からはリチウムイオン蓄電池が採用されています。
2020年代
最新世代となるたいげい型の配備が進められています。
海上自衛隊の潜水艦は、約120年にわたる技術の蓄積を背景として、現在も改良と世代交代が続けられています。
まとめ
日本の潜水艦の歴史は、日露戦争期に海外から潜水艇を導入したことから始まりました。
その後、日本は潜水艦の国産化を進め、旧日本海軍時代には広大な太平洋で活動するための大型・長航続距離潜水艦を発達させました。
第二次世界大戦後には潜水艦戦力が一度途絶えましたが、1955年の「くろしお」によって海上自衛隊の潜水艦運用が再開され、1960年には戦後初の純国産潜水艦「おやしお」が就役しました。
その後も、うずしお型、ゆうしお型、はるしお型、おやしお型、そうりゅう型などへと世代交代を重ねています。
現在は、そうりゅう型などを運用しながら、最新鋭のたいげい型への更新が進められています。
日本の潜水艦史は、明治時代の小型潜水艇から始まり、旧日本海軍の大型遠洋潜水艦を経て、静粛性・水中探知能力・蓄電池性能などを重視した現代の通常動力型潜水艦へ発展してきた歴史といえます。
以上、日本における潜水艦の歴史についてでした。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
















