潜水艦は、海面下を長時間航行できるように設計された艦艇です。
深い海域では、海面上とは大きく異なる環境に置かれるため、水圧への対応や浮力の調整、周囲の探知、航法、乗員の生命維持など、さまざまな機能を組み合わせて活動しています。
ただし、「深海」という言葉には注意が必要です。
世界の海には数千メートルの深さの場所がありますが、一般的な軍用潜水艦が海底数千メートルまで自由に潜航できるわけではありません。
潜水艦には設計上の潜航可能な深度があり、その範囲内で任務を行います。
特に軍用潜水艦では正確な最大潜航深度が公開されていない場合も多いため、具体的な数値を一概に示すことはできません。
ここでは、潜水艦が深い海域でどのような仕組みを使って活動しているのかを詳しく解説します。
耐圧殻によって海中の高い水圧に耐える
潜水艦が深く潜るうえで、最も重要な要素の一つが水圧への対応です。
海中では、深くなるほど周囲から受ける水圧が高くなります。
海水中では、深さが約10メートル増すごとに、およそ1気圧分の圧力が増加すると考えると分かりやすいでしょう。
そのため、数百メートルの深さまで潜航すると、潜水艦の船体には非常に大きな圧力が加わります。
耐圧殻が乗員や機器を守っている
潜水艦には、高い水圧から乗員や重要な機器を守るための「耐圧殻」が設けられています。
耐圧殻は強度の高い鋼材などから造られ、円筒形を基本とした構造が採用されています。
円形に近い断面は外部からの圧力を比較的均等に受けやすく、水圧に耐えるうえで適した形状です。
潜水艦が高い水圧のかかる海中で活動できるのは、この耐圧殻によって内部空間が保護されているためです。
潜水艦には潜れる深さの限界がある
潜水艦は、どこまでも深く潜れるわけではありません。
船体には設計上の耐圧限界があり、一定以上の深度まで潜ると構造に大きな負担がかかります。
潜水艦では、安全性を確認しながら運用できる深度などが定められています。
現役の軍用潜水艦については、具体的な潜航深度が機密情報として扱われる場合もあります。
そのため、「深海を航行する潜水艦」といっても、海底数千メートルまで潜って活動しているという意味ではありません。
バラストタンクを使って潜航・浮上する
潜水艦が海面から水中へ潜るためには、自らの浮力を変化させる必要があります。
その際に重要な役割を果たすのが「主バラストタンク」です。
海水を取り込んで潜航する
海面上に浮いているとき、潜水艦の主バラストタンクには空気が入っています。
潜航するときには主バラストタンクへ海水を取り込みます。
これによって潜水艦全体の浮力が小さくなり、海中へ沈んでいきます。
一方、浮上する場合には圧縮空気などを使って主バラストタンク内の海水を排出します。
タンク内に空気が増えることで浮力が大きくなり、潜水艦は海面方向へ浮上します。
細かな深度調整には別の装置も使う
主バラストタンクは、主に浮上状態と潜航状態を切り替えるために使われます。
潜航した後に一定の深さを維持したり、船体の前後の傾きを調整したりするときには、トリムタンクなども利用されます。
潜水艦では、船体内部の重量バランスや浮力を細かく調整しながら、安定した姿勢で航行できるようにしています。
潜舵を使って深度や姿勢を調整する
航行中の潜水艦が上昇したり下降したりするときには、「潜舵」と呼ばれる水中翼も重要な役割を果たします。
水の流れを利用して上下方向へ動く
潜舵の角度を変えると、水の流れによって上下方向の力が生じます。
そのため、潜水艦が前進している状態で潜舵を調整すると、船首を下げたり上げたりしながら深度を変えることができます。
飛行機が翼や昇降舵を利用して高度や姿勢を調整する仕組みに近いと考えると、理解しやすいでしょう。
潜水艦は、バラストやトリムの調整と潜舵の操作を組み合わせることで、目的とする深度を維持しながら航行します。
ソナーを使って海中の周囲を把握する
深く潜航している潜水艦は、窓から外を見ながら航行することができません。
そこで重要になるのが、水中の音を利用して周囲を把握する「ソナー」です。
パッシブソナーで周囲の音を聞く
パッシブソナーは、自ら音を発することなく、水中を伝わってくる音を受信する方式です。
船舶や潜水艦では、プロペラや推進装置、機械類などからさまざまな音が発生します。
パッシブソナーでは、こうした音を分析することで、周囲に存在する船舶などの方角や特徴を推定します。
軍用潜水艦では、自艦の位置を知られないことが非常に重要です。
そのため、自ら音を発しないパッシブソナーが重要な探知手段になります。
アクティブソナーで反射音を調べる
アクティブソナーは、自ら音波を発射し、物体から返ってくる反射音を受信する方式です。
発射した音が戻ってくるまでの時間などを利用することで、対象までの距離を把握しやすくなります。
ただし、自ら強い音を出すことは、自艦の存在を相手に知られる原因にもなり得ます。
そのため、軍用潜水艦では状況に応じてパッシブソナーとアクティブソナーを使い分けます。
深く潜航しているときは潜望鏡を使えない
潜水艦というと、海面上へ潜望鏡を伸ばして周囲を見る姿を思い浮かべる人も多いでしょう。
しかし、潜望鏡を使用できるのは海面に比較的近い場所に限られます。
潜望鏡は海面近くで使用する
潜望鏡は、潜水艦本体を水中に隠した状態で、海面上の様子を確認するための装置です。
そのため、潜水艦が数百メートルの深さにいる状態から海面まで潜望鏡を伸ばすことはできません。
深く潜航しているときには、ソナーや各種航法装置などを利用して周囲の状況を把握します。
また、現代の潜水艦の中には、従来型の光学式潜望鏡ではなく、カメラや電子センサーを搭載したフォトニクスマストを採用している艦もあります。
ただし、こうした装置についても、海面上を観察する際には潜水艦が海面付近まで上がる必要があります。
GPSが使いにくい海中では慣性航法を利用する
潜水艦が深い海中を航行するときには、自分が現在どこにいるのかを正確に把握することも重要です。
しかし、水中ではGPSを地上と同じように利用することができません。
GPSの電波は海水中を伝わりにくい
GPSは人工衛星から送られてくる電波を利用して位置を測定するシステムです。
ところが、GPSなどで使用される電波は海水中では急速に減衰します。
そのため、深く潜航している潜水艦が、そのままの状態でGPS信号を受信することは困難です。
慣性航法装置で位置を推定する
潜水艦では、潜航中の位置把握に「慣性航法装置」が重要な役割を果たします。
慣性航法装置は、ジャイロスコープや加速度計などを使って、艦の向きや加速度、移動量を計測します。
その情報をもとに、出発地点からどの方向へどれだけ移動したのかを計算し、現在位置を推定します。
外部からの電波を常時受信しなくても位置を把握できるため、潜水艦に適した航法です。
ただし、長時間使用すると少しずつ誤差が蓄積します。
そのため、必要に応じてGPSなど外部から取得した位置情報によって補正します。
プロペラなどの推進装置で静かに航行する
潜水艦は、プロペラなどの推進装置を使って海中を進みます。
特に軍用潜水艦では、単純に高速で航行することよりも、できるだけ音を出さずに行動する「静粛性」が重要になります。
プロペラの音をできるだけ抑える
一般的な潜水艦では、スクリュープロペラを回転させることで推進力を得ます。
また、一部の潜水艦では「ポンプジェット」と呼ばれる推進方式も利用されています。
水中では音が遠くまで伝わりやすいため、推進装置や機械類から大きな音が出ると、相手のパッシブソナーに探知される可能性があります。
そのため、潜水艦では船体形状や推進装置の設計、防振構造など、さまざまな方法で騒音を抑えています。
キャビテーションの発生を抑える
プロペラ周囲の圧力が低下すると、水中に気泡が発生する「キャビテーション」と呼ばれる現象が起こることがあります。
発生した気泡がつぶれる際には音が生じるため、潜水艦にとっては探知される原因になり得ます。
キャビテーションは、プロペラの形状や回転数、航行速度、深度など複数の条件によって発生しやすさが変わります。
そのため、軍用潜水艦ではキャビテーションを抑えられるように推進装置を設計し、状況に応じて航行速度などを調整します。
海中では音の伝わり方も考慮して行動する
海中では、音が常に一直線に伝わるわけではありません。
水温や塩分、深度などの違いによって水中の音速が変化し、音波が屈折することがあります。
深く潜れば必ず見つかりにくくなるわけではない
水中の音の伝わり方は、海洋環境によって大きく変化します。
そのため、「深く潜れば必ずソナーに発見されにくくなる」という単純なものではありません。
潜水艦を運用するときには、水温や塩分、海底地形、水深などの情報も考慮しながら、ソナーの性能を効果的に利用します。
どの深度を航行するかについても、任務の内容や海洋環境など、さまざまな条件を考えて判断されます。
潜水艦の中では乗員が生活できる環境を維持する
潜水艦の内部は、外部から隔離された閉鎖空間です。
長期間海中で活動するためには、乗員が安全に生活できる環境を維持しなければなりません。
酸素を供給して二酸化炭素を除去する
潜水艦では、船内の酸素濃度を適切に維持する必要があります。
一方、人が呼吸すると二酸化炭素が増えていくため、二酸化炭素を除去する装置も必要です。
潜水艦の種類によって設備は異なりますが、酸素を供給する装置や二酸化炭素を吸収・除去する装置などを利用して船内の空気を管理しています。
さらに、温度や湿度、空気中の微量な物質などについても管理が行われます。
海水から真水を作る設備もある
長期間の航海では、飲料水や生活用水を確保する必要があります。
そのため、特に長期間活動する潜水艦では、海水から真水を作る淡水化設備が使用されています。
飲料水だけでなく、調理や衛生などにも水が必要になるため、艦内で真水を確保できることは長期航海において重要です。
原子力潜水艦は長期間の水中活動に適している
潜水艦には、ディーゼル・エレクトリック方式などを利用する通常動力型潜水艦と、原子炉を動力源とする原子力潜水艦があります。
両者では、海中で連続して活動できる能力に大きな違いがあります。
原子力潜水艦は原子炉から長期間エネルギーを得られる
原子力潜水艦では、原子炉によって大量のエネルギーを長期間得ることができます。
原子炉は、ディーゼルエンジンのように燃焼のために外部から空気を取り込む必要がありません。
そのため、原子力潜水艦は頻繁に海面付近まで上がることなく、長期間水中で活動できます。
原子炉から得られるエネルギーは推進だけでなく、発電、空調、淡水製造、生命維持装置などにも利用できます。
実際の連続航海期間については、燃料よりも食料の量や乗員の負担、設備の整備、任務上の事情などが制約になりやすくなります。
通常動力型潜水艦も長時間の潜航が可能
通常動力型潜水艦では、ディーゼルエンジンと蓄電池を組み合わせたディーゼル・エレクトリック方式が広く利用されています。
水中では蓄電池の電力で航行する
ディーゼル・エレクトリック方式では、ディーゼルエンジンを利用して発電し、蓄電池に電力を蓄えます。
潜航中は、蓄電池から供給される電力で電動機を動かし、プロペラなどを回転させます。
ディーゼルエンジンを運転するには空気が必要であるため、従来型の潜水艦では一定期間ごとに浮上したり、シュノーケルを海面上へ出せる深度まで上がったりして充電する必要があります。
AIPや大容量蓄電池で潜航時間を延ばせる
通常動力型潜水艦の中には、AIPと呼ばれる「非大気依存推進」を採用する艦もあります。
AIPを利用すると、大気中の酸素を直接取り込まずに一定期間エネルギーを供給できるため、海面付近まで上がる頻度を減らすことができます。
また、大容量のリチウムイオン電池などを搭載し、一度の充電で使用できる電力量を増やした潜水艦もあります。
AIPはエネルギーを供給する仕組みであるのに対し、リチウムイオン電池は電力を蓄えて使用する仕組みです。
両者は原理こそ異なりますが、いずれも通常動力型潜水艦の水中活動能力を高める技術として利用されています。
深海まで潜る潜水艇とは目的が異なる
一般的な軍用潜水艦と、深海調査を目的とした潜水艇は同じものではありません。
軍用潜水艦は、海中で長期間航行しながら任務を遂行することを目的としています。
一方、数千メートル級の深海まで潜る有人潜水調査船や無人潜水機は、極めて高い水圧に耐えられるよう特別に設計されています。
そのため、「潜水艦は深海で活動する」という表現から、軍用潜水艦が海底数千メートルを航行していると考えるのは正確ではありません。
潜水艦は複数の仕組みを組み合わせて海中で活動している
潜水艦が深い海域で活動できるのは、一つの特殊な装置だけによるものではありません。
耐圧殻によって高い水圧から乗員や機器を守り、主バラストタンクによって潜航・浮上を行い、トリムタンクや潜舵などを利用して深度や姿勢を細かく調整しています。
また、周囲の状況は主にソナーで把握し、GPSの電波が届かない潜航中には慣性航法装置などを利用して自艦の位置を推定します。
さらに、静粛性の高い推進装置や生命維持システムを備えることで、長時間にわたる海中活動を可能にしています。
つまり、潜水艦の深い海域での活動とは、単に「できるだけ深く潜ること」ではありません。
安全な潜航深度の範囲内で、水圧、浮力、姿勢、航法、探知、静粛性、船内環境などを総合的に管理しながら任務を遂行することが、潜水艦の海中活動の基本といえるでしょう。
以上、潜水艦は深海でどのように活動するのかについてでした。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
















