潜水艦は海中を航行しているため、深く潜っている間は地上のように外気を自由に取り込むことができません。
それでも長時間にわたって乗員が生活できるのは、艦内の空気を循環させながら、呼吸で消費された酸素を補給し、二酸化炭素や有害物質を取り除く生命維持システムが備えられているためです。
つまり、潜水艦では大量の空気を単純にタンクへ貯めているわけではありません。
艦内の空気を継続的に浄化・調整することで、乗員が呼吸できる環境を維持しています。
潜水艦では艦内の空気を循環させて利用している
潜航中の潜水艦では、艦内にある空気を循環させながら使用します。
人間が呼吸すると酸素が消費され、その代わりに二酸化炭素が排出されます。
そのため、密閉された空間で何も対策をしなければ、時間の経過とともに酸素濃度が低下し、二酸化炭素濃度が上昇してしまいます。
そこで潜水艦では、酸素を補給すると同時に二酸化炭素を除去します。
さらに、一酸化炭素などの有害ガスや水蒸気、臭気なども管理し、艦内を生活可能な環境に保っています。
潜水艦の空気管理の基本的な流れ
潜航中の空気管理を簡単に表すと、次のようになります。
- 乗員が呼吸して酸素を消費する
- 酸素濃度や二酸化炭素濃度を監視する
- 必要な量の酸素を艦内へ補給する
- 二酸化炭素を除去する
- 有害ガスや水蒸気などを取り除く
- 空調設備で温度や湿度を調節する
このような処理を繰り返すことで、潜水艦は外気を取り込めない状況でも長時間航行できます。
潜水艦は水から酸素を作ることができる
潜水艦によっては、電解式酸素発生装置を使用して水から酸素を作ることができます。
特に長期間潜航する原子力潜水艦では、このような設備が重要になります。
水を電気分解して酸素を発生させる
水は水素と酸素から構成されています。
そのため、電気を使って水を電気分解すると、水素と酸素に分けることができます。
化学反応を簡略化すると、次のようになります。
2H₂O → 2H₂ + O₂
この反応によって得られた酸素を艦内へ供給し、乗員の呼吸に利用します。
ただし、潜水艦が海水をそのまま電気分解していると考えるのは正確ではありません。
艦級や設備によって具体的な構成は異なりますが、一般的には処理された水を利用して酸素を生成します。
そのため、「海水から直接酸素を作る」というよりも、「水を電気分解して酸素を作る」と理解した方が正確です。
水素は安全に処理される
水を電気分解すると、酸素だけでなく水素も発生します。
水素は非常に燃えやすい気体なので、潜水艦内部に蓄積すると危険です。
そのため、酸素生成設備では発生した水素についても適切に管理・処理する必要があります。
具体的な処理方法については、潜水艦の設計や艦級によって異なります。
酸素を貯蔵して使用する場合もある
潜水艦によっては、酸素発生装置だけでなく、あらかじめ貯蔵しておいた酸素を利用することもあります。
酸素ボンベなどに蓄えられた酸素を必要に応じて艦内へ供給する方式です。
ただし、酸素は燃焼を助ける性質が強いため、非常に慎重な管理が必要です。
そのため、現代の潜水艦では艦種や設計によって、酸素発生設備と貯蔵酸素を組み合わせて運用することがあります。
非常時には化学反応で酸素を発生させることもある
潜水艦では、通常の酸素供給設備に問題が発生した場合に備えて、化学反応を利用した酸素発生装置が使用される場合があります。
代表的なものが、一般に「酸素キャンドル」などと呼ばれる化学酸素発生器です。
酸素キャンドルとは
酸素キャンドルは、塩素酸塩などの化学物質を反応させることによって酸素を発生させる装置です。
電解式酸素発生装置とは異なる仕組みなので、通常の設備が使用できなくなった場合のバックアップとして利用できます。
ただし、化学反応時には高温になる場合があります。
そのため、火災などを防ぐために厳格な安全管理が必要です。
なお、すべての潜水艦が同じ種類の化学酸素発生器を搭載しているわけではありません。
潜水艦では二酸化炭素を除去する必要がある
潜水艦で乗員の呼吸環境を維持するには、酸素を補給するだけでは不十分です。
人間が呼吸すると二酸化炭素が発生するため、密閉された艦内では時間とともに二酸化炭素濃度が高くなります。
二酸化炭素濃度が過度に上昇すると人体に悪影響を及ぼすため、継続的に除去しなければなりません。
CO2スクラバーで二酸化炭素を取り除く
潜水艦では、CO2スクラバーなどの二酸化炭素除去装置が使用されます。
二酸化炭素を吸収・除去できる材料や装置を通して艦内の空気を循環させ、CO2濃度を適切な範囲に維持します。
イメージとしては、次のような流れです。
艦内空気 → 二酸化炭素除去装置 → CO2が減った空気 → 艦内へ戻す
具体的な除去方式や使用する材料は、潜水艦の設計によって異なります。
そのため、「すべての潜水艦が同じ薬剤を使っている」と考えるのは正確ではありません。
一酸化炭素や有害ガスも除去する
潜水艦では、二酸化炭素以外の空気成分も管理する必要があります。
密閉空間では、機械設備や調理設備、各種材料などから発生した物質が外へ自然に排出されにくいためです。
たとえば、一酸化炭素や各種揮発性物質などが問題になる可能性があります。
そのため潜水艦では、フィルターや空気浄化装置などを使って不要な物質を除去します。
艦内環境を安全に保つには、酸素濃度だけでなく空気全体の質を管理することが重要です。
潜水艦では温度と湿度も管理している
潜水艦の空気管理では、温度と湿度の調整も欠かせません。
乗員の呼吸や発汗、調理、シャワーなどによって艦内では継続的に水蒸気が発生します。
しかし、潜航中は一般的な建物のように窓を開けて換気することができません。
湿度が高すぎると結露が発生する
艦内の湿度が高くなりすぎると、壁面や機器などに結露が発生しやすくなります。
結露は乗員が不快に感じるだけでなく、電子機器や電気設備、金属部品などに悪影響を与える可能性があります。
そのため、潜水艦には空調・除湿設備が備えられています。
空気を冷却したり除湿したりすることで、艦内を適切な温度・湿度に維持しています。
潜水艦は完全に密閉したまま航行するのか
潜航中の潜水艦は外気を取り込まずに活動できますが、航海中ずっと完全に外気と遮断されているわけではありません。
潜水艦の種類や航行状況によっては、浮上時や海面付近を航行するときに外気を取り込んで換気することがあります。
特に通常動力型潜水艦では、シュノーケルを使った外気の取り込みが重要です。
通常動力型潜水艦はシュノーケルで外気を取り込む
ディーゼルエンジンを搭載した通常動力型潜水艦では、ディーゼルエンジンを運転するために外気中の酸素が必要です。
完全に水中へ潜った状態では十分な外気を取り込めないため、通常のディーゼルエンジンを長時間動かし続けることはできません。
そこで利用されるのが「シュノーケル」です。
シュノーケルとは
シュノーケルは、潜水艦本体を水中に置いたまま、吸気口などを海面上へ出して外気を取り込むための設備です。
シュノーケルを使うことでディーゼルエンジンを運転し、発電機を動かして蓄電池を充電できます。
基本的には、
シュノーケルから外気を取り込む → ディーゼルエンジンを運転する → 発電する → 蓄電池を充電する
という流れになります。
シュノーケルは主としてディーゼルエンジン用の吸気設備ですが、運用状況によっては艦内の換気にも利用できます。
ただし、シュノーケルを海面付近へ出すと、完全に深く潜航している場合と比較して敵から発見される可能性が高くなります。
そのため、通常動力型潜水艦ではシュノーケルを使用する時間や頻度をできるだけ抑えることが重要になります。
AIPを搭載した潜水艦は長時間潜航しやすい
一部の通常動力型潜水艦には、AIPと呼ばれるシステムが搭載されています。
AIPは「Air Independent Propulsion」の略で、日本語では「非大気依存推進」などと呼ばれます。
AIPは乗員用の酸素発生装置ではない
AIPは、海面上の大気を直接取り込まなくても推進用のエネルギーを得られる仕組みです。
代表的な方式としては、燃料電池方式やスターリングエンジン方式などがあります。
注意したいのは、AIPが乗員の呼吸用酸素を作るための装置ではないという点です。
AIPを搭載している場合でも、乗員の呼吸環境は別の生命維持設備によって管理されます。
AIPは酸素をまったく使わないという意味ではない
AIPという名称から、「酸素そのものを必要としない」と誤解されることがあります。
しかし、これは正確ではありません。
AIPの方式によっては、艦内に搭載した酸化剤や液体酸素などを利用します。
AIPの重要なポイントは、酸素をまったく使用しないことではなく、海面上から大気を取り込まずに推進できることです。
リチウムイオン電池を搭載する潜水艦もある
現代の通常動力型潜水艦の一部では、リチウムイオン電池が採用されています。
大容量の蓄電池を搭載することで、ディーゼルエンジンを停止したまま電動機を使用して水中航行できる時間を延ばすことができます。
その結果、シュノーケルを使ってディーゼル発電を行う頻度を抑えやすくなります。
ただし、リチウムイオン電池そのものが乗員の呼吸用酸素を作るわけではありません。
推進用の電力を確保することと、乗員の呼吸用酸素を確保することは別の仕組みです。
原子力潜水艦はなぜ長期間潜航できるのか
原子力潜水艦は、原子炉をエネルギー源として利用しています。
原子炉では核分裂によって熱エネルギーを発生させるため、ディーゼルエンジンのように燃焼用の外気を取り込む必要がありません。
そのため、推進エネルギーの確保という面では外気への依存度が非常に低くなっています。
原子炉のエネルギーを生命維持にも利用できる
原子力潜水艦では、原子炉によって長期間にわたって電力を供給できます。
その電力は推進だけでなく、
- 酸素生成
- 空調
- 二酸化炭素除去
- 海水からの造水
- 艦内設備への電力供給
などにも使用できます。
そのため、原子力潜水艦では酸素不足を理由として頻繁に浮上する必要がありません。
原子力潜水艦の潜航期間は酸素だけで決まらない
原子力潜水艦が長期間潜航できるからといって、無制限に海中に留まれるわけではありません。
実際の行動期間には、
- 食料
- 乗員の健康や疲労
- 艦艇の整備状態
- 補給
- 医療
- 作戦計画
- 装備の状態
など、さまざまな条件が関係します。
そのため、原子力潜水艦では燃料や呼吸用酸素以外の要因が長期行動を左右することもあります。
潜水艦では海水から真水を作ることもできる
現代の多くの大型潜水艦には、海水から真水を作る造水設備が備えられています。
海水から塩分などを取り除いて真水を作り、艦内で使用します。
作られた真水は、
- 飲料水
- 調理
- 洗面
- シャワー
- 機器類
- 酸素生成設備
などに利用される場合があります。
造水設備の方式や能力は艦級によって異なりますが、長期間航海する潜水艦にとって重要な設備の一つです。
潜水艦では艦内の空気を常に監視している
潜水艦では、乗員の安全を維持するために艦内環境を継続的に監視しています。
酸素だけでなく、二酸化炭素や一酸化炭素など複数の成分を確認する必要があります。
代表的な管理対象としては、
- 酸素
- 二酸化炭素
- 一酸化炭素
- 水素
- 温度
- 湿度
- その他の有害ガス
などがあります。
潜水艦は閉鎖性が非常に高いため、少量の有害物質でも長時間蓄積すれば問題になる可能性があります。
そのため、各種センサーや生命維持設備によって艦内環境を管理しています。
潜水艦では火災が非常に危険
潜水艦にとって火災は特に危険な事故の一つです。
陸上の建物であれば煙を外部へ排出できますが、深く潜航している潜水艦では簡単に外気と入れ替えることができません。
火災が発生すると、
- 艦内の酸素が消費される
- 一酸化炭素が発生する
- 煙が充満する
- 有害ガスが発生する可能性がある
- 電気設備が損傷する可能性がある
- 生命維持設備が使用できなくなる可能性がある
など、複数の問題が同時に発生します。
そのため、潜水艦では火災を防止する設備や消火設備、空気浄化設備などが重要になります。
潜水艦の空気はずっと同じものなのか
潜水艦について、「最初に入っていた空気をずっと使い続けている」と考える人もいるかもしれません。
しかし、厳密には少し異なります。
潜航中は艦内の空気を循環させながら、二酸化炭素や有害物質を取り除き、消費された分の酸素を補っています。
つまり、
艦内の空気を循環利用しながら、その成分を継続的に調整している
と考えると分かりやすいでしょう。
また、通常動力型潜水艦では、浮上時やシュノーケル航走時などに外気を取り込み、換気を行うこともあります。
まとめ
潜水艦が長時間潜航していても乗員が呼吸できるのは、大量の空気を単純に積み込んでいるからではありません。
潜水艦では、艦内の空気を循環させながら、酸素の補給、二酸化炭素の除去、有害物質の除去、温度・湿度の調整を継続的に行っています。
原子力潜水艦などでは、水を電気分解する酸素発生装置を利用して呼吸用酸素を確保できます。
一方、通常動力型潜水艦では、蓄電池やAIPを利用して水中を航行し、必要に応じてシュノーケルから外気を取り込んでディーゼルエンジンを運転します。
したがって、潜水艦における「空気の確保」とは、単純に空気を貯蔵することではなく、艦内の空気を循環・浄化しながら、必要な酸素を補い続ける総合的な生命維持システムによって実現されていると考えるのが適切です。
以上、潜水艦は潜航中に空気をどう確保しているのかについてでした。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
















