潜水艦にも、水上艦や一般の船舶と同じように錨(いかり)が装備されています。
錨は英語で「anchor(アンカー)」と呼ばれ、港内や沿岸部などで潜水艦を一定の範囲にとどめておくために使用される装備です。
潜水艦は水中を航行することが主な役割ですが、常に潜航しているわけではありません。
港での待機や停泊、海上で一時的に位置を保持する場面などでは、状況に応じて錨を使用することがあります。
基本的な錨泊の原理は水上艦と共通しています。
一方で潜水艦では、水中航行時の抵抗や騒音を抑える必要があるため、錨の形状や収納方法にも潜水艦特有の工夫が施されています。
潜水艦の錨は何のために使われるのか
港や沿岸部で船体を一定範囲に保持する
潜水艦の錨の主な用途は、錨泊時に船体が風や潮流によって流されるのを防ぐことです。
錨を海底へ下ろし、錨につながった錨鎖を適切な長さまで繰り出すことで、潜水艦を一定の範囲内に保持します。
ただし、錨を下ろせば船体が完全に一点へ固定されるわけではありません。
錨泊中の船は、風向きや潮流の変化に合わせて錨の周囲を移動することがあります。
この動きは「振れ回り」と呼ばれます。
そのため、錨泊する際には他の船舶や岸壁との距離を十分に確保することが重要です。
推進装置を使い続けずに位置を保てる
推進器を使用して船体の位置を維持することもできますが、長時間にわたって推進装置を使用し続ける必要がない場面では、錨泊が適している場合があります。
錨によって船体を保持すれば、推進装置を使い続けることなく一定の海域にとどまることができます。
ただし、どのような状況で錨を使用するかは、艦級や運用目的、海象条件などによって異なります。
潜水艦の錨の仕組み
錨を海底へ食い込ませて保持力を得る
一般的な船舶用の錨は、単純に重さだけで船を止めているわけではありません。
爪に相当する部分を持つタイプの錨では、錨鎖によって横方向へ引っ張られることで海底の砂や泥へ食い込み、大きな抵抗力を発生させます。
つまり、船体が風や潮流によって移動しようとすると錨鎖が引かれ、それによって錨が海底へさらに食い込む仕組みです。
この海底との抵抗が、船体を保持する重要な力になります。
錨鎖も重要な役割を果たす
錨と潜水艦をつないでいる鎖を「錨鎖(びょうさ)」と呼びます。
錨泊では、錨本体だけでなく錨鎖も重要です。
錨鎖を十分に繰り出すと、錨鎖の一部が海底へ横たわります。
これによって、潜水艦から錨へ伝わる力をできるだけ水平方向に近づけることができます。
錨を強く上方向へ引っ張ると、海底から抜けやすくなる場合があります。
そのため、錨鎖を適切な長さまで伸ばし、低い角度から錨を引くことが保持力を発揮させるうえで重要です。
錨の重さだけで止まっているわけではない
潜水艦や大型船の錨というと、非常に重い金属の塊によって船を止めているイメージを持たれがちです。
しかし、実際には錨そのものの重量だけで船体を固定しているわけではありません。
主に、
- 錨が海底へ食い込むことで生じる抵抗
- 錨鎖を適切な長さまで繰り出すこと
- 錨鎖が錨を引く角度
- 海底の砂や泥などの性質
- 風や潮流の強さ
などが組み合わさることで保持力が生まれます。
潜水艦の錨はどのような形をしているのか
錨の形状は潜水艦によって異なる
潜水艦の錨には、すべての艦で共通する一種類の形状が採用されているわけではありません。
国や時代、艦級によって構造は異なります。
歴史的には、水上艦でも使用される一般的な錨に近い形状のものを船首部分のくぼみへ収納した潜水艦も存在します。
一方で、船体形状や収納方法に合わせて特殊な形状の錨が採用される場合もあります。
したがって、「潜水艦の錨はすべてマッシュルームアンカーである」といった説明は正確ではありません。
マッシュルームアンカーが使われる場合もある
錨の一種に「マッシュルームアンカー」があります。
名前のとおり、キノコの傘に似た形をしているのが特徴です。
泥やシルトなどの海底へ沈み込むことで保持力を得るタイプの錨です。
潜水艦に関連して紹介されることもありますが、マッシュルームアンカーは潜水艦専用の錨ではありません。
実際に採用される錨の形式は艦級によって異なるため、「潜水艦では必ずマッシュルームアンカーを使用する」と考えないことが重要です。
潜水艦では錨をどのように収納するのか
船体から大きく突出しないように設計される
潜水艦では、水中航行時の流体抵抗をできるだけ小さくする必要があります。
船体の表面から大きな装備が飛び出していると、水流が乱れて抵抗が増加する原因になります。
さらに、振動や流体騒音が発生する可能性もあります。
そのため、多くの潜水艦では、使用していない錨が船体外形から大きく突出しないように収納・配置されています。
歴史的な潜水艦でも、船首付近に設けられたくぼみに錨を収める構造が確認されています。
潜水艦では静粛性も重要
軍用潜水艦では、敵に発見されにくくするため静粛性が非常に重要です。
船体表面の突起物は、水流を乱して騒音を発生させる原因になり得ます。
そのため錨だけでなく、各種装備についても水中航行への影響を抑えるよう設計されています。
錨の収納方式も、こうした潜水艦特有の要求を考慮したものです。
潜水艦の錨はどのように使うのか
1.錨泊する場所を選ぶ
まず、錨泊に適した場所を選びます。
錨はどこでも使用できるわけではありません。
錨泊地点を決める際には、水深や海底の状態、風、潮流、周囲の船舶や施設などを考慮します。
海底が急斜面だったり、錨が効きにくい地質だったりすると、十分な保持力を得られない場合があります。
また、海底ケーブルなどの設備が存在する海域では、投錨が制限される場合があります。
2.潜水艦の速度を落とす
錨泊地点へ接近したら、船体の速度を適切に落とします。
高速で移動している状態のまま錨を下ろすと、錨や錨鎖へ大きな荷重がかかる可能性があります。
そのため、船体の動きを制御しながら投錨します。
3.錨を海底へ下ろす
錨を収納位置から出し、錨鎖とともに海底へ下ろします。
錨鎖の繰り出しや巻き上げには、艦に装備された揚錨装置が使用されます。
具体的な機械構造や駆動方式は潜水艦の艦級によって異なるため、すべての潜水艦が同じ形式のウインドラスを使用しているわけではありません。
4.必要な長さまで錨鎖を繰り出す
錨が海底へ到達した後も、一定の長さまで錨鎖を繰り出します。
たとえば、水深が50メートルだからといって、錨鎖を50メートルだけ出せば十分とは限りません。
錨に加わる力を水平方向へ近づけるためには、水深より長い錨鎖を繰り出す必要があります。
具体的な長さは、水深や天候、潮流、海底の状態、艦艇の大きさなどを考慮して判断されます。
5.錨が効いていることを確認する
錨を下ろした後は、船体の位置を確認し、錨が海底で十分な保持力を発揮しているかを確認します。
錨が海底を引きずりながら船が移動してしまう状態を「走錨」と呼びます。
走錨が発生すると、他の船舶や岸壁などへ接近する危険があります。
そのため錨泊中も、自艦の位置や周囲の状況を継続的に確認する必要があります。
潜水艦は錨を下ろすと完全に停止するのか
錨を中心に船体が動くことがある
錨泊した潜水艦は、海底に完全固定されるわけではありません。
錨の位置を中心として、繰り出した錨鎖の長さに応じた範囲内を移動することがあります。
風向きや潮流が変わると船体の向きも変化するため、錨を中心に円を描くように動く場合があります。
そのため、錨泊地点では振れ回りを想定した十分なスペースを確保する必要があります。
潜水艦の錨はどのように引き上げるのか
錨鎖を巻き取りながら錨へ近づく
出航するときには、錨鎖を巻き取って錨を回収します。
錨鎖を徐々に巻き取ることで、潜水艦と錨との距離が短くなります。
海底へ食い込むタイプの錨では、低い角度から横方向へ引っ張られていると大きな保持力を発揮します。
一方、船体が錨の近くまで移動し、錨鎖が上方向へ引かれるようになると海底から離脱しやすくなります。
その後、錨を船体まで引き上げて所定の収納位置へ戻します。
潜水艦には錨鎖を収納する場所もある
錨鎖は所定の収納部へ収められる
使用していない錨鎖は、船体構造内などに設けられた収納部へ収められます。
一般船舶では、このような錨鎖の収納場所を「チェーンロッカー」や「錨鎖庫」と呼びます。
ただし、潜水艦では艦級によって内部構造や配置が異なります。
そのため、すべての潜水艦が一般商船と同じ形状の錨鎖庫を備えていると考えるのは適切ではありません。
錨鎖を船外へ導く構造も必要
錨鎖を船体内部から船外へ導くための通路や開口部も必要です。
一般船舶では「ホースパイプ」と呼ばれる錨鎖管が使用されることがあります。
ただし、潜水艦の場合は船体形状や艦級によって構造が異なるため、一般船舶とまったく同じ形式とは限りません。
潜水艦は潜航中にも錨を使うのか
通常の潜航時に位置を固定するための装置ではない
潜水艦という名前から、「海中で錨を下ろして止まることがあるのではないか」と考える人もいるかもしれません。
しかし、通常の潜航航行では、錨を海底へ下ろして位置を固定することが基本的な運用ではありません。
潜水艦は推進器や舵、潜舵、バラストタンク、トリム調整などによって船体の進行方向や深度を制御します。
錨は基本的に、船舶として錨泊するときに使用する装備と考えると分かりやすいでしょう。
深海では通常の錨泊は現実的ではない
海洋には水深数百メートルから数千メートルに達する場所もあります。
非常に深い海域で、海底まで大量の錨鎖を伸ばして通常の錨泊を行うことは現実的ではありません。
そのため錨を使用するのは、一般的に錨泊に適した水深や海底条件を持つ海域です。
潜水艦の錨と水上艦の錨の違い
基本的な錨泊原理は共通している
潜水艦も水上艦も、錨泊の基本原理には大きな違いはありません。
錨を海底へ下ろし、十分な長さの錨鎖を繰り出し、海底との抵抗を利用して船体を一定範囲に保持します。
潜水艦では船体形状との両立が重要
一方、潜水艦には水中を効率よく、静かに航行するという特殊な要求があります。
そのため、
- 船体外部の突起を減らす
- 水中抵抗を抑える
- 流体騒音を抑える
- 限られた船体内部へ装備を配置する
といった条件を考慮しながら錨システムを設計する必要があります。
この点が、水上船の錨設備との大きな違いです。
潜水艦の錨について覚えておきたいポイント
潜水艦の錨は、単純に重い金属を海底へ落として船体を固定する装置ではありません。
錨が海底へ食い込むことで生じる抵抗に加え、錨鎖の長さや角度、海底の状態、風や潮流などが組み合わさることで保持力を発揮します。
また、潜水艦で使用される錨の形状や揚錨装置、収納方式は艦級によって異なります。
「潜水艦の錨はすべて特定の形をしている」と考えるのではなく、基本原理は一般船舶と共通しながら、潜水艦特有の船体形状や静粛性に合わせて設計されていると理解するのが適切です。
以上、潜水艦の錐の仕組みや使い方についてでした。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
















