潜水艦が海の中で浮いたり沈んだりできるのは、主に「浮力」と「重力」のバランスを調整しているためです。
潜水艦には「メインバラストタンク」と呼ばれる大きなタンクが設けられており、このタンクに海水を入れたり、海水を排出したりすることで、水上航行と潜航状態を切り替えます。
ただし、実際の潜水艦はメインバラストタンクだけで細かな深度調整を行っているわけではありません。
潜航後は、各種の調整用タンクやトリムタンク、潜舵、推進力などを組み合わせながら、浮力や姿勢、深度を細かく制御しています。
大まかな仕組みは、次のように考えると分かりやすいでしょう。
- メインバラストタンクに海水を入れると、潜水艦全体の質量が増えて沈みやすくなる
- メインバラストタンクから海水を排出すると、潜水艦全体の質量が減って浮きやすくなる
- 潜航後は中性浮力に近い状態へ調整し、潜舵などを使って深度を変える
- 前後の重量バランスはトリムなどによって調整する
つまり、潜水艦は単純に「水を入れれば沈み、空気を入れれば浮く」だけではなく、複数の装置を組み合わせて水中での動きを精密に制御しています。
潜水艦に働く「浮力」とは
水中の物体には上向きの浮力が働く
水中にある物体には、上向きの「浮力」が働きます。
この現象は「アルキメデスの原理」によって説明できます。
アルキメデスの原理では、水中にある物体が受ける浮力は、その物体が押しのけた水の重さに等しいと考えます。
たとえば、潜水艦がある体積の海水を押しのけている場合、その押しのけた海水の重さに相当する浮力が潜水艦に働きます。
一方で、潜水艦自身には下向きの重力が働いています。
この浮力と重力の関係によって、潜水艦が浮きやすいのか、沈みやすいのかが決まります。
浮力と重力の関係で浮き沈みが決まる
潜水艦に働く浮力が重力より大きければ、潜水艦は浮上する方向へ動きます。
反対に、重力が浮力より大きければ、沈む方向へ動きます。
そして、浮力と重力がほぼ釣り合った状態になると、潜水艦は一定の深度を保ちやすくなります。
このような状態は「中性浮力」と呼ばれます。
実際の潜水艦では、この中性浮力に近い状態を作ったうえで、潜舵などを使って深度を制御します。
潜水艦が沈む仕組み
メインバラストタンクに海水を入れて潜航する
潜水艦には、船体の周囲などにメインバラストタンクが設けられています。
水面に浮いている状態では、メインバラストタンクには主に空気が入っています。
そのため、潜水艦全体として十分な予備浮力があり、水面に浮くことができます。
潜航を開始するときには、メインバラストタンク上部のベント弁を開きます。
すると、タンク内部に入っていた空気が外へ排出され、下部などの開口部から海水が流れ込みます。
海水が入ることで潜水艦全体の質量が増え、重力が浮力を上回る方向へ変化します。
その結果、潜水艦は水中へ沈んでいきます。
潜航時に「浮力そのものが急激に小さくなる」わけではない
潜水艦の仕組みを説明するときに、「バラストタンクへ海水を入れると浮力が小さくなる」と表現されることがあります。
しかし、厳密には少し注意が必要です。
潜水艦の外形体積が大きく変わらないのであれば、押しのける海水の量も大きくは変わりません。
したがって、海水を取り込んだ瞬間に浮力そのものが大幅に減少するというより、潜水艦全体の質量が増加することで、重力が浮力を上回る方向になると考えるほうが正確です。
つまり、潜水艦は「浮力をなくして沈む」というよりも、「重量を増やして沈みやすい状態を作る」と理解すると分かりやすいでしょう。
「ベント」とは何か
バラストタンク内の空気を排出する操作
潜水艦が潜航するときに重要となるのが「ベント」です。
ベントとは、メインバラストタンク内部の空気を外部へ逃がすための操作です。
ベント弁を開くとタンク内部の空気が排出され、その代わりに海水が流入します。
そのため、潜航時は「海水を強制的に吸い込む」というよりも、「空気を逃がすことで海水が自然に入り込む」と説明するほうが正確です。
潜水艦が浮上する仕組み
圧縮空気でバラストタンクの海水を排出する
潜水艦が水面へ浮上するときには、メインバラストタンクへ圧縮空気を送り込んで海水を排出します。
タンク内部へ空気を送り込むと、その圧力によって内部の海水が外へ押し出されます。
海水が排出されると潜水艦全体の質量が減り、浮力が重力を上回る方向へ変化します。
その結果、潜水艦は水面へ向かって浮上します。
このように、圧縮空気などを使ってバラストタンクから海水を排出する操作は「ブロー」と呼ばれます。
通常の深度変更で毎回ブローするわけではない
ここで注意したいのは、潜水艦が水中で少し上昇するたびに、メインバラストタンクをブローしているわけではないという点です。
通常の水中航行では、潜水艦は中性浮力に近い状態に調整されています。
そのうえで潜舵や推進力を利用し、上昇・下降します。
メインバラストタンクを大きくブローするのは、主として水面へ浮上するときや、緊急時に急速な浮上が必要になった場合などです。
緊急浮上では大きな正の浮力を作る
高圧空気を使って急速に海水を排出する
緊急時には、メインバラストタンクへ高圧空気を送り込み、内部の海水を急速に排出することがあります。
これによって潜水艦に大きな正の浮力を持たせ、水面へ向かって浮上させます。
ただし、これは通常の深度調整とは異なる操作です。
日常的な潜航中の上下運動では、主に潜舵や推進力などを利用して効率的に深度を変更します。
潜水艦は潜舵でも深度を変える
潜舵とは水中の翼のような装置
潜水艦には「潜舵」と呼ばれる装置があります。
英語では「diving planes」や「hydroplanes」などと呼ばれます。
潜舵は、飛行機の翼や昇降舵に似た働きをする装置です。
潜水艦が前進すると、潜舵の周囲に水の流れが生じます。
その状態で潜舵の角度を変えると、上下方向の流体力や船体を傾ける力が発生します。
これによって潜水艦は船首を上げたり下げたりしながら、深度を変更できます。
潜舵は航行中の細かな深度調整に使われる
潜航後の潜水艦は、基本的に中性浮力に近い状態へ調整されています。
その状態で前進しながら潜舵を操作すると、水流を利用して上昇したり下降したりできます。
そのため、実際の潜水艦の深度変更は、バラストタンクだけで行われているわけではありません。
大まかな浮力状態は各種タンクで調整し、航行中の細かな深度変更には潜舵などを利用するという役割分担があります。
中性浮力とはどのような状態か
浮力と重力がほぼ釣り合った状態
中性浮力とは、潜水艦に働く浮力と重力がほぼ釣り合っている状態です。
この状態では、潜水艦は何もしなくても急激に浮上したり沈降したりしにくくなります。
そのため、潜水艦は潜航後に中性浮力に近い状態へ調整し、そこから潜舵などを利用して必要な深度を維持します。
中性浮力でも完全に静止するわけではない
ただし、中性浮力になれば必ず同じ深さに完全静止できるわけではありません。
潜水艦には、航行速度、船体姿勢、海流、海水の密度、搭載物の重量変化など、さまざまな要素が影響します。
そのため実際には、各種タンクや潜舵などを継続的に調整しながら目標深度を維持します。
細かな重量調整には各種の調整用タンクを使う
メインバラストタンクは大きな状態変更を担う
メインバラストタンクの主な役割は、水上航行状態と潜航状態を切り替えることです。
そのため、水中での細かな重量調整や姿勢調整をすべてメインバラストタンクで行うわけではありません。
潜水艦には、重量や浮力を微調整するための各種タンクが設けられています。
搭載物の増減や海水密度の変化などに合わせて、こうしたタンクの水量を調整し、中性浮力に近い状態を保ちます。
トリムタンクで前後の重量バランスを整える
トリムとは船体の前後方向のバランス
潜水艦では、浮力だけでなく船体の姿勢も重要です。
船首側と船尾側の重量バランスが崩れると、潜水艦が前後方向に傾きやすくなります。
そこで使用されるのが、トリムを調整するためのタンクです。
前後の重量配分を変えることで、潜水艦の船首が上がりすぎたり下がりすぎたりしないよう調整します。
つまり、浮力の調整とトリムの調整は関係していますが、まったく同じものではありません。
各種調整用タンクによって潜水艦全体の重量を調整しつつ、前後の重量配分も調整することで、安定した姿勢を保っています。
潜水艦の浮き沈みは平均密度で考えると分かりやすい
海水より平均密度が高くなると沈みやすい
潜水艦の浮き沈みを理解するときには、「潜水艦全体の平均密度」と「海水の密度」を比較すると分かりやすくなります。
密度とは、一定の体積あたりにどれだけの質量があるかを表す値です。
潜水艦の外形体積がほぼ同じ状態でバラストタンクへ海水を入れると、潜水艦全体の質量が増えます。
その結果、潜水艦全体の平均密度が大きくなり、沈みやすくなります。
反対に、バラストタンクから海水を排出して質量を減らせば、平均密度は小さくなり、浮きやすくなります。
潜水艦の状態を整理すると分かりやすい
潜水艦の浮き沈みを簡単に整理すると、次のようになります。
| 潜水艦の状態 | メインバラストタンク | 浮力と重力の関係 | 主な動き |
|---|---|---|---|
| 水上航行 | 主に空気が入っている | 浮力が重力を上回る | 水面に浮く |
| 潜航開始 | 海水を流入させる | 重力が浮力を上回る方向へ変化 | 沈む |
| 潜航中 | 基本的に海水で満たされた状態 | 中性浮力付近に調整 | 深度を維持 |
| 通常の深度変更 | 大きくは変えない | 中性浮力付近 | 潜舵などで上下する |
| 水面への浮上 | 空気を送り海水を排出 | 浮力が重力を上回る | 浮上する |
魚の浮き袋とは仕組みが異なる
浮力を調整するという点では似ている
潜水艦の浮沈原理は、魚の「浮き袋」に例えられることがあります。
どちらも浮力を調整して水中での位置を変えるという点では似ています。
しかし、具体的な仕組みは異なります。
多くの硬骨魚類は浮き袋内部のガス量などを変えることで浮力を調整します。
一方、潜水艦では主としてバラストタンクへの海水の流入や排出、さらに各種調整用タンクや潜舵などを組み合わせて深度を制御します。
そのため、「潜水艦は魚の浮き袋と同じ仕組み」と説明するのは正確ではありません。
潜航しても乗組員がいる場所に海水は入らない
バラストタンクと耐圧船殻は別の構造
潜水艦が潜航するときにはバラストタンクへ海水が入りますが、乗組員が生活する船内まで海水で満たされるわけではありません。
潜水艦には、海水が入ることを前提としたバラストタンクと、乗組員や機器を守る耐圧船殻があります。
耐圧船殻の内部は、水中でも人間が生活・作業できる環境に保たれています。
つまり、「潜水艦が沈むために船内へ海水を入れている」という理解は誤りです。
海水が入るのは、主として浮沈を制御するためのバラストタンクです。
水深が深くなるほど水圧は高くなる
約10メートル深くなるごとに約1気圧分増える
海中では、水深が深くなるほど水圧が高くなります。
目安として、水深が約10メートル増すごとに、水圧は大気圧約1気圧分ずつ増加します。
水面ではすでに約1気圧の大気圧がかかっているため、絶対圧で考えると、おおよそ次のようになります。
- 水面:約1気圧
- 水深約10メートル:約2気圧
- 水深約20メートル:約3気圧
- 水深約100メートル:約11気圧
実際の数値は海水の密度などによって多少変わりますが、一般的な目安としてはこのように考えられます。
水圧が潜水艦を下へ押して沈めるわけではない
水深が深くなるほど水圧は高くなりますが、水圧そのものが潜水艦を下方向へ押して沈めているわけではありません。
水圧は潜水艦の周囲からさまざまな方向に作用しています。
潜水艦が沈むか浮くかを決める基本的な要素は、浮力と重力のバランスです。
そのため、水圧は耐圧船殻の設計にとって非常に重要ですが、潜水艦が潜航する直接的な仕組みとは分けて考える必要があります。
潜水艦が浮いたり沈んだりする流れ
水面に浮いているとき
水上航行中は、メインバラストタンクに主に空気が入っています。
そのため潜水艦には十分な予備浮力があり、水面に浮くことができます。
潜航を開始するとき
潜航時にはベント弁を開き、メインバラストタンク内部の空気を外へ排出します。
すると、タンク下部などから海水が流れ込みます。
潜水艦全体の質量が増えることで重力が浮力を上回る方向へ変化し、潜水艦は沈み始めます。
潜航後
メインバラストタンクが海水で満たされた潜航状態では、各種調整用タンクなどを使って潜水艦全体の重量や前後のバランスを整えます。
そして、中性浮力に近い状態を作ります。
水中で深度を変更するとき
航行中に少し深く潜ったり浅い場所へ上がったりするときには、主として潜舵と推進力を利用します。
潜舵へ水流を当てることで上下方向の力を発生させ、潜水艦を上昇または下降させます。
必要に応じて重量やトリムも調整します。
水面へ浮上するとき
水面へ浮上するときには、必要に応じてメインバラストタンクへ圧縮空気を送り込み、内部の海水を排出します。
潜水艦全体の質量が減ることで正の浮力が生じ、水面へ浮上します。
まとめ
潜水艦が浮いたり沈んだりできる基本原理は、浮力と重力のバランスを調整することにあります。
潜航するときには、メインバラストタンクの空気を排出して海水を流入させ、潜水艦全体の質量を増やします。
反対に水面へ浮上するときには、圧縮空気などを使ってメインバラストタンクから海水を排出し、潜水艦全体の質量を減らします。
ただし、潜航後の細かな深度変更をメインバラストタンクだけで行っているわけではありません。
水中では中性浮力に近い状態へ調整したうえで、潜舵、推進力、各種調整用タンク、トリムなどを組み合わせながら、深度と姿勢を精密に制御しています。
つまり、潜水艦は「バラストタンクによる大きな浮力・重量状態の切り替え」と「潜舵やトリムなどによる細かな水中制御」を組み合わせることで、自在に浮上・潜航できる乗り物なのです。
以上、潜水艦が浮いたり沈んだりする原理についてでした。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
















