潜水艦でも、条件によっては船酔いが起こります。
船酔いは「動揺病」と呼ばれる乗り物酔いの一種で、一般的な船だけでなく、自動車や飛行機などでも起こる症状です。
潜水艦の場合も基本的な仕組みは同じで、船体の動きによって内耳が感じる情報と、目や身体から得られる情報との間にずれが生じることが主な原因と考えられています。
ただし、潜水艦は常に同じように揺れているわけではありません。
浮上航行中や海面近くを航行しているときは波の影響を受けやすい一方、十分な深度まで潜航すると海面波による船体の動揺が小さくなるため、船酔いも起こりにくくなる傾向があります。
潜水艦で船酔いが起こる主な原因
視覚と内耳などから得られる情報が一致しない
船酔いが起こる仕組みとして広く知られているのが、「感覚矛盾」や「感覚不一致」と呼ばれる考え方です。
人間の脳は、自分の身体がどのように動いているのかを、複数の感覚情報を組み合わせて判断しています。
主な情報源としては、目から得られる視覚情報、内耳にある前庭器官から得られる平衡感覚、筋肉や関節などから得られる体性感覚があります。
潜水艦が揺れていると、内耳では上下動や傾き、加速などを感じます。
一方、船内の壁や床、機器などは乗員と一緒に動いているため、目からは大きな動きを感じにくい場合があります。
このように、身体が受け取る実際の運動情報と、脳が予測している身体の状態との間にずれが生じると、船酔いが起こりやすくなります。
症状としては、吐き気、めまい、冷や汗、顔面蒼白、頭痛、嘔吐などが現れることがあります。
潜水艦内から水平線を確認できない
一般的な船では、船酔いを軽減する方法として、遠くの景色や水平線を見ることが知られています。
水平線を見ることで、船がどのように動いているのかを視覚的に確認しやすくなり、視覚と内耳から得られる情報のずれを小さくできる場合があります。
しかし、多くの潜水艦では通常の船室から外の景色や水平線を見ることはできません。
そのため、船体が揺れている状況では、外部の安定した視覚的基準を得にくくなります。
このことが、潜水艦内で船酔いが起こる一因になる可能性があります。
ただし、「潜水艦は窓がないから一般の船より必ず酔いやすい」という意味ではありません。
潜航して船体の揺れそのものが小さくなれば、船酔いを引き起こす刺激も減少します。
浮上航行中は船酔いが起こりやすくなる場合がある
海面の波によって船体が揺れる
潜水艦は海中を航行する船ですが、常に深い水中にいるわけではありません。
出港や入港、浮上航行、潜航や浮上の途中などでは、海面や海面近くを航行することがあります。
海面付近では風によって発生した波の影響を受けやすくなり、船体が上下したり、左右に傾いたりすることがあります。
こうした周期的または不規則な運動によって前庭器官が刺激されると、船酔いが起こる可能性が高まります。
特に海が荒れている場合には、浮上航行中の潜水艦でも比較的大きな揺れが生じることがあります。
揺れの大きさだけで船酔いが決まるわけではない
船酔いの発生には、単純な揺れの大きさだけでなく、揺れの方向や周期、周波数、加速度なども関係しています。
そのため、大きな揺れだから必ず酔う、小さな揺れだから絶対に酔わない、という単純な関係ではありません。
同じ船体運動でも、酔いやすい人とほとんど症状が出ない人がいます。
深く潜航すると船酔いしにくくなる理由
海面波の影響が深さとともに小さくなる
海面で発生した波による水の運動は、水深が深くなるにつれて小さくなっていきます。
そのため潜水艦が十分な深度まで潜航すると、通常の海面波による船体の揺れを受けにくくなります。
浮上航行中と比較すると船体が安定しやすいため、船酔いを引き起こす運動刺激も小さくなる傾向があります。
そのため、一般的には、
「浮上航行中や海面近くでは船酔いが起こる可能性がある」
「十分な深度で潜航すると船酔いしにくくなる」
と考えることができます。
潜航すれば完全に揺れなくなるわけではない
ただし、潜水艦が潜航すると完全に動かなくなるわけではありません。
潜水艦は航行中に進路や深度を変更するため、船体が傾いたり、加速や減速による力を感じたりすることがあります。
また、海況や潜航深度、海流などの条件によって、船体の動きを感じる場合もあります。
したがって、「潜れば絶対に船酔いしない」と断定するのは適切ではありません。
あくまで、十分な深度では通常の海面波による動揺が小さくなるため、浮上航行中より船酔いが起こりにくくなる傾向があると考えるのが正確です。
潜水艦の船体運動も船酔いに関係する
ピッチングやローリングなどの動きがある
船体にはさまざまな方向の運動があります。
代表的なものとして、次のような動きがあります。
ピッチングは、船首と船尾が上下するような縦方向の回転運動です。
ローリングは、船体が左右に傾く横方向の回転運動です。
ヒービングは、船体全体が上下方向に移動する運動です。
ヨーイングは、船首が左右方向に振れるような回転運動です。
浮上して波の影響を受けている状況では、こうした船体運動が組み合わさることで複雑な揺れになる場合があります。
その動きを内耳が繰り返し感知することで、船酔いにつながる可能性があります。
潜航中の姿勢変化でも身体は動きを感じる
潜航中は海面波による揺れが小さくなりますが、潜水艦自体が姿勢を変えることはあります。
たとえば、潜航や浮上、深度変更、旋回、加速、減速などです。
こうした運動によって身体が加速度を感じることはあります。
ただし、十分な深度を通常航行している場合には、水上艦のように海面波によって継続的に大きく揺れる状況とは異なります。
読書や画面を見ることで船酔いが悪化することがある
手元を見続けると感覚のずれが大きくなりやすい
船酔いしやすい状況で本や書類、ディスプレイなどを長時間見続けると、症状が悪化する場合があります。
手元の固定された物を見ていると、視覚的には自分がほとんど動いていないように感じます。
一方、内耳では船体の動きを感知しています。
このような感覚情報の不一致が大きくなることで、吐き気やめまいなどが起こりやすくなる可能性があります。
潜水艦では乗員が計器やディスプレイを確認する機会も多いため、揺れが強い状況ではこうした視覚作業が症状を悪化させる要因の一つになる可能性があります。
ただし、読書や画面を見ること自体が船酔いの根本的な原因というわけではありません。
船内環境が症状を悪化させる場合もある
強い臭いや不快感が吐き気を強めることがある
船酔いの主な原因は、船体運動による感覚情報の不一致です。
ただし、強い臭い、暑さ、不快感などによって、すでに発生している吐き気が強く感じられる場合があります。
潜水艦は閉鎖された空間で長時間活動するため、人によっては船内の臭いや環境に不快感を覚えることも考えられます。
ただし、「潜水艦の空気や臭いが船酔いの直接的な原因になる」と説明するのは正確ではありません。
あくまで、症状を悪化させる可能性がある補助的な要因として考えるのが適切です。
潜水艦での船酔いには個人差がある
同じ揺れでも症状の程度は人によって違う
乗り物酔いのしやすさには大きな個人差があります。
同じ潜水艦に乗り、同じ船体運動を経験していても、ほとんど症状が出ない人もいれば、比較的小さな揺れでも吐き気やめまいを感じる人もいます。
自動車やバス、飛行機などで乗り物酔いしやすい人は、船でも酔いやすい傾向があります。
また、疲労や体調などが症状の感じ方に影響する場合もあります。
そのため、潜水艦に乗れば全員が同じように船酔いするわけではありません。
揺れに慣れることで船酔いが軽減することもある
繰り返し同じ動きを経験すると脳が適応する
船酔いには「馴化」と呼ばれる適応現象があります。
同じような揺れを繰り返し経験すると、脳がその運動パターンに慣れ、船酔いの症状が軽くなっていくことがあります。
長期間船に乗る船員が徐々に揺れに慣れることがあるのも、この適応によるものです。
ただし、慣れるまでに必要な時間には個人差があります。
また、一度慣れた場合でも、これまでとは異なる種類の動きを受けると、再び船酔いが起こる可能性があります。
潜水艦だから特別な船酔いが起こるわけではない
基本的な仕組みは一般的な乗り物酔いと同じ
潜水艦で起こる船酔いも、医学的には一般的な船舶や自動車、飛行機などで起こる動揺病と基本的な仕組みは同じです。
潜水艦そのものに特有の病気が発生するというわけではありません。
重要なのは、船体の動きによって得られる前庭感覚や体性感覚と、視覚情報や脳が予測する運動状態との間に不一致が生じることです。
潜水艦では外部の景色や水平線を確認しにくいため、船体が揺れている状況では視覚的な基準を得にくいという特徴があります。
一方で、十分な深度まで潜航すると海面波による船体運動が小さくなりやすいため、水上航行中より船酔いが起こりにくくなる場合があります。
潜水艦で船酔いが起こる原因のまとめ
潜水艦で船酔いが起こる主な原因は、船体の動きによって生じる感覚情報の不一致です。
内耳では潜水艦の上下動や傾き、加速などを感じている一方、船内の壁や床などは自分と一緒に動いているため、目からは運動を認識しにくい場合があります。
さらに、潜水艦では通常の船のように水平線を直接見ることが難しいため、船体が揺れている状況では視覚的な基準を得にくくなります。
特に浮上航行中や海面近くでは、波によって船体が動揺するため、船酔いが起こる可能性があります。
一方、十分な深度まで潜航すると海面波による船体の揺れが小さくなるため、浮上航行中と比べて船酔いは起こりにくくなる傾向があります。
したがって、潜水艦での船酔いは「潜水艦だから起こる特殊な症状」ではなく、船体運動と人間の感覚情報との不一致によって起こる一般的な動揺病の一種と考えるのが適切です。
以上、潜水艦で船酔いが起こる原因についてでした。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
















