大型船舶のエンジンは、単に自動車用エンジンを巨大化したものではありません。
数万トンから数十万トンに及ぶ船体を、数週間から数か月にわたって連続運航させるために、次の性能を重視して設計されています。
- 低回転で大きなトルクを発生すること
- 燃料を効率よく利用できること
- 長時間の連続運転に耐えられること
- 故障しにくく、船内で整備できること
- 大型プロペラを効率よく回転させられること
特に大型コンテナ船、原油タンカー、ばら積み貨物船などでは、低速2ストローク・クロスヘッド型ディーゼルエンジンが主機関として広く使用されています。
大型船のエンジンは、エンジン本体だけで成立するものではありません。
燃料処理、潤滑、冷却、過給、排気処理、発電、蒸気供給、安全監視などを含む巨大なエネルギーシステムとして構成されています。
船舶用エンジンの主な種類
船舶用ディーゼルエンジンは、回転数や構造によって、低速機関、中速機関、高速機関に分類されます。
規則上の代表的な区分では、次のように整理されます。
- 低速機関:定格回転数300rpm未満
- 中速機関:定格回転数300rpm以上1,400rpm未満
- 高速機関:定格回転数1,400rpm以上
ただし、実際の大型船舶で使用される低速2ストローク主機関は、この分類のなかでも特に回転数が低く、おおむね毎分55~120回転程度で運転されます。
低速2ストロークエンジン
大型コンテナ船、タンカー、ばら積み貨物船などで広く使用されている方式です。
主な特徴は次のとおりです。
- 毎分55~120回転程度の低速で運転される
- 各シリンダーがクランクシャフト1回転につき1回の仕事行程を行う
- 低回転でも非常に大きなトルクを発生できる
- 減速機を介さず、プロペラ軸へ直接接続しやすい
- 燃料消費率が低い
- 長時間の連続運転に適している
- 大型化しても高い熱効率を得やすい
大型船のプロペラは、一般に大きな直径のものを低速で回転させるほど、推進効率を高めやすくなります。
低速2ストロークエンジンは、プロペラに適した回転数で運転できるため、減速機を使用せずに直接プロペラを回せることが大きな利点です。
中速4ストロークエンジン
中速4ストロークエンジンは、フェリー、クルーズ船、LNG運搬船、海洋作業船、調査船などで広く使用されています。
低速2ストロークエンジンよりも小型で回転数が高いため、機械的にプロペラを回す場合は、一般に減速機を使用します。
中速エンジンは、次のような方式でも利用されます。
- 複数台のエンジンを減速機へ接続する機械式推進
- 発電機を回して電動モーターで推進するディーゼル・エレクトリック方式
- バッテリーや燃料電池と組み合わせるハイブリッド方式
複数台のエンジンを船内の電力需要や推進負荷に応じて運転できるため、運航条件が頻繁に変化する船に適しています。
高速エンジン
高速ディーゼルエンジンは、小型船、高速艇、巡視船、救助艇、一部の発電装置などで使用されます。
小型・軽量で高い出力密度を得やすい一方、低速大型機関と比較すると、一般に回転数が高く、長時間連続運転時の燃料効率や耐久性の考え方も異なります。
大型船舶用エンジンの大きさ
超大型コンテナ船などに搭載される主機関は、建物に近い大きさになります。
代表的な大型低速2ストロークエンジンでは、次のような規模になることがあります。
- 高さ:10~15メートル前後
- 長さ:20~30メートル前後
- 重量:数百~2,000トン以上
- シリンダー数:5~12気筒程度
- シリンダー内径:50~100センチメートル前後
- ピストン行程:2~3.5メートル程度
- 出力:数千~8万kW以上
これらはあくまで代表的な範囲です。
すべての大型船が1,000トンを超える主機関を搭載しているわけではなく、船の大きさ、設計速力、積載量、プロペラ径、航路などによって必要な機関出力は異なります。
最大級の機関では、1気筒あたりの排気量が、一般的な自動車用エンジン全体の数百倍に達することがあります。
それほど巨大な機関でありながら、回転数は毎分100回転前後です。
自動車用エンジンが毎分2,000~6,000回転程度で使用されることを考えると、大型船舶用エンジンが極めて低速で動いていることが分かります。
低速2ストロークエンジンの基本構造
大型船に使用される代表的な低速2ストロークエンジンは、クロスヘッド型と呼ばれる構造を採用しています。
シリンダー
シリンダーは、燃料が燃焼する空間です。
シリンダー内部には、交換可能なシリンダーライナーが設けられています。
燃焼時には高温・高圧のガスが発生するため、シリンダーカバーやシリンダーライナーには、高い強度、耐熱性、耐摩耗性が求められます。
シリンダーライナー内面は、ピストンリングとの摩擦を抑えながら潤滑油を保持できるよう、適切な表面加工が施されています。
ピストン
ピストンは、燃焼ガスの圧力を受けて上下運動する部品です。
大型低速機関のピストンは非常に大きく、ピストンクラウンと呼ばれる上部は、直接高温の燃焼ガスにさらされます。
多くの大型低速機関では、ピストン内部に潤滑油を循環させて冷却します。
ピストンクラウンの温度が過度に上昇すると、焼損、亀裂、変形などにつながるため、冷却油の流量や温度管理が重要です。
ピストンリング
ピストンリングは、ピストンとシリンダーライナーの間を密封する部品です。
主な役割は次のとおりです。
- 燃焼ガスが下部へ漏れるのを防ぐ
- ピストンの熱をシリンダーライナーへ伝える
- シリンダー油を適切に分布させる
ピストンリングが摩耗、固着、折損すると、圧縮低下、燃焼不良、ブローバイ、シリンダーライナー損傷などにつながります。
ピストンロッド
ピストンロッドは、ピストンの上下運動をクロスヘッドへ伝える部品です。
ピストンと連接棒が直接接続される自動車用エンジンとは異なり、大型低速機関ではピストンロッドを介してクロスヘッドへ力を伝えます。
クロスヘッド
クロスヘッドは、大型低速船舶用エンジンを特徴づける重要な機構です。
力は次の順序で伝達されます。
ピストン
↓
ピストンロッド
↓
クロスヘッド
↓
連接棒
↓
クランクシャフト
クロスヘッドガイドが横方向の力を受けるため、ピストンに大きな側圧が加わりにくくなります。
これにより、シリンダーライナーの摩耗を抑えながら、非常に長いピストン行程を実現できます。
また、ピストンロッド周辺に設けられたスタッフィングボックスによって、燃焼室側のシリンダー油と、クランクケース側のシステム油を分離できます。
スタッフィングボックス
スタッフィングボックスは、ピストンロッドが通過する部分に設けられる密封装置です。
主な役割は次のとおりです。
- シリンダー側の汚れた油や燃焼残留物がクランクケースへ入るのを防ぐ
- クランクケース側のシステム油がシリンダー側へ上がるのを防ぐ
- ピストンロッド表面の油や汚れをかき取る
スタッフィングボックスの状態が悪化すると、システム油の汚染や油消費量の増加につながります。
連接棒
連接棒は、クロスヘッドの往復運動をクランクシャフトへ伝える部品です。
大型低速機関の連接棒は数メートルの長さになり、燃焼によって発生する巨大な荷重を繰り返し受けます。
クランクシャフト
クランクシャフトは、ピストンの往復運動を回転運動へ変換します。
大型船舶用のクランクシャフトは極めて大きく、製造には大型鍛造、熱処理、高精度加工などの高度な技術が必要です。
クランクシャフトは主軸受によって支えられ、プロペラ軸へ回転力を伝えます。
スラスト軸受
スラスト軸受は、プロペラが発生させた軸方向の推力を船体へ伝える装置です。
エンジンのトルクによってプロペラが回転すると、プロペラは水を後方へ押し出します。
その反作用として前向きの推力が発生し、次の経路で船体へ伝わります。
プロペラ
↓
プロペラ軸
↓
中間軸
↓
スラスト軸受
↓
船体構造
大型低速エンジンでは、スラスト軸受が機関本体と一体化されている場合が多くあります。
低速2ストロークエンジンの作動原理
現代の大型低速2ストローク機関の多くは、ユニフロー掃気方式を採用しています。
シリンダー下部の掃気ポートから新しい空気を送り込み、シリンダー上部の排気弁から排気ガスを排出します。
圧縮工程
ピストンが上昇すると、掃気ポートと排気弁が閉じ、シリンダー内の空気が圧縮されます。
空気は強く圧縮されることで高温になります。
ディーゼルエンジンは、この圧縮によって生じる高温を利用して燃料を自然着火させます。
原則として、ガソリンエンジンのような点火プラグは使用しません。
燃料噴射と燃焼
ピストンが上死点付近に到達すると、燃料噴射弁から燃料が高圧で噴射されます。
細かく霧化された燃料は、高温の圧縮空気と混合して自然着火します。
燃焼時期、噴射量、噴射圧力、噴射パターンは、出力、燃費、排気温度、排出ガスなどに大きく影響します。
膨張・仕事工程
燃焼によって生じた高温・高圧ガスが膨張し、ピストンを押し下げます。
この力がピストンロッド、クロスヘッド、連接棒を介してクランクシャフトへ伝わり、回転力へ変換されます。
2ストローク機関では、各シリンダーがクランクシャフト1回転につき1回の仕事行程を行います。
多気筒エンジンでは、各シリンダーの燃焼時期をずらすことで、滑らかで連続的な回転力を得ています。
排気工程
ピストンが下降する途中で排気弁が開きます。
シリンダー内にはまだ高い圧力が残っているため、排気ガスは自らの圧力によって排気管へ流れ出します。
この最初の急速な排気をブローダウンと呼びます。
掃気工程
ピストンがさらに下降すると、シリンダー下部の掃気ポートが開きます。
ターボチャージャーで圧縮され、空気冷却器で冷却された新しい空気がシリンダー内へ流れ込みます。
新しい空気は、残っている排気ガスをシリンダー上部の排気弁から押し出します。
この工程を掃気と呼びます。
その後、ピストンが再び上昇して掃気ポートが閉じ、排気弁も閉じると、次の圧縮工程が始まります。
大型船に2ストロークエンジンが適している理由
毎回転で仕事行程を行える
4ストロークエンジンでは、各シリンダーの仕事行程はクランクシャフト2回転につき1回です。
一方、2ストロークエンジンでは、各シリンダーが1回転につき1回の仕事行程を行います。
そのため、同じ回転数で比較すると、2ストローク機関は仕事行程の頻度を高くできます。
ただし、大型低速2ストローク機関が高出力・高効率である理由は、燃焼回数だけではありません。
次の要素が総合的に関係しています。
- 大口径シリンダー
- 長いピストン行程
- 高効率な過給
- 適切な平均有効圧力
- 大きなクランク半径
- 低い機械損失
- 大型化による相対的な熱損失の低減
プロペラへ直接接続できる
大型プロペラは、低速で回転させるほど推進効率を高めやすい傾向があります。
低速2ストロークエンジンは、大型プロペラに適した回転数で運転できるため、減速機を介さず直接プロペラ軸へ接続できます。
減速機を使用しないことで、次の利点があります。
- 動力伝達損失を減らせる
- 構造を比較的単純にできる
- 大出力を安定して伝えられる
- 保守対象を減らせる
- 信頼性を高めやすい
ロングストローク化しやすい
大型低速機関では、シリンダー内径に対してピストン行程が長い、ロングストローク設計が採用されています。
ピストン行程を長くすることで、低回転化しやすくなり、燃焼ガスの膨張エネルギーをより長い距離で回収できます。
また、プロペラ回転数を低くできるため、より大きな直径のプロペラを採用しやすくなります。
ターボチャージャーと掃気システム
大型低速2ストロークエンジンでは、ターボチャージャーが重要な役割を担います。
ターボチャージャーの仕組み
燃焼後の排気ガスには、熱エネルギーと圧力エネルギーが残っています。
排気ガスをターボチャージャーのタービンへ送り込むと、タービンが高速回転します。
タービンと同じ軸に接続されたコンプレッサーが空気を圧縮し、圧縮空気を掃気管へ供給します。
圧縮された空気を利用することで、次の効果を得られます。
- シリンダーへ多くの空気を供給できる
- より多くの燃料を完全燃焼させられる
- 出力を高められる
- 掃気を効率よく行える
- 燃焼効率を改善できる
- 排気エネルギーを再利用できる
空気冷却器
ターボチャージャーで圧縮された空気は温度が上昇します。
温度が高い空気は密度が低いため、そのままではシリンダーへ送り込める酸素量が減少します。
そこで、掃気空気冷却器を使用して圧縮空気を冷却します。
空気を冷却すると密度が高まり、より多くの酸素をシリンダーへ供給できます。
補助ブロワー
始動時や低負荷運転時には、排気ガスのエネルギーが少なく、ターボチャージャーだけでは十分な掃気圧を得られないことがあります。
そのため、多くの低速2ストローク機関には、電動の補助ブロワーが設けられています。
掃気圧が一定値より低い場合に補助ブロワーが作動し、エンジン回転が上昇してターボチャージャーが十分に働くようになると停止します。
船舶用燃料の種類
大型船舶では、船種、航路、エンジン形式、燃料供給体制、環境規制などに応じて、さまざまな燃料が使用されます。
船舶用燃料油
従来の大型商船では、重質な船舶用燃料油が広く使われてきました。
重質燃料油は粘度が高く、そのままではポンプ輸送や燃料噴射が難しいため、加熱して粘度を調整する必要があります。
代表的な燃料処理の流れは次のとおりです。
貯蔵タンク
↓
セトリングタンク
↓
遠心清浄機
↓
サービスタンク
↓
ブースターポンプ
↓
加熱器
↓
粘度調整装置
↓
フィルター
↓
燃料噴射装置
燃料中に水分、泥分、触媒粒子などが含まれていると、燃料ポンプ、噴射弁、シリンダーライナーなどを損傷する可能性があります。
そのため、遠心清浄機やフィルターによる燃料処理が欠かせません。
低硫黄燃料油
国際的な硫黄酸化物規制に対応するため、低硫黄燃料油や船舶用軽油が使用されます。
原則として、燃料油中の硫黄分は一般海域で0.50質量%以下、硫黄酸化物排出規制海域では0.10質量%以下に制限されています。
承認された排気ガス洗浄装置を使用する場合には、規制上同等の排出性能を確保することを条件として、高硫黄燃料油を使用できる場合があります。
LNG
LNGは、液化天然ガスを燃料として使用する方式です。
主成分はメタンであり、燃焼時には硫黄酸化物や粒子状物質を大幅に削減できます。
また、同じエネルギー量を得る場合、石油系燃料より燃焼時の二酸化炭素排出量を減らせる傾向があります。
船舶用LNGエンジンには、主に次の方式があります。
- 高圧ガス噴射方式
- 低圧予混合燃焼方式
- ガスと液体燃料を使用するデュアルフューエル方式
高圧ガス噴射方式は、ディーゼルサイクルに近い燃焼を行い、メタンスリップを抑えやすい特徴があります。
低圧予混合方式は、燃料供給設備を比較的簡素化しやすい一方、未燃メタンが排気へ流出するメタンスリップへの対策が重要です。
LNGの環境性能を評価する場合は、船上での燃焼だけでなく、天然ガスの採掘、液化、輸送、燃料供給時のメタン漏えいまで含めて考える必要があります。
メタノール
メタノールは、常温で液体として扱える燃料です。
LNGのような極低温貯蔵設備を必要としないため、燃料タンクや供給設備を構成しやすいという利点があります。
一方、メタノールは体積当たりの発熱量が低いため、同じ航続距離を確保するには、石油系燃料より大きな燃料タンクが必要です。
また、メタノールの環境性能は原料と製造方法によって大きく異なります。
- 化石資源由来メタノール
- バイオメタノール
- 再生可能電力を利用したe-メタノール
では、ライフサイクル全体の温室効果ガス排出量が異なります。
メタノールそのものには炭素が含まれるため、燃焼時には二酸化炭素が発生します。
LPG
LPGは、主にプロパンやブタンから構成される液化石油ガスです。
特にLPG運搬船では、積み荷の一部を燃料として使用できるため、LPG対応の低速2ストロークエンジンが採用される例があります。
LPGは硫黄分が極めて少なく、重油と比べて粒子状物質も削減しやすい燃料です。
アンモニア
アンモニアは分子中に炭素を含まないため、アンモニア自体の燃焼では二酸化炭素を生成しません。
ただし、実際のアンモニアエンジンでは、着火を安定させるために少量の液体パイロット燃料を使用する場合があります。
また、次の課題があります。
- 毒性が高い
- 漏えい時の安全管理が重要
- 着火しにくい
- 燃焼速度が比較的遅い
- 窒素酸化物が発生する
- 亜酸化窒素が発生する可能性がある
- 未燃アンモニアが排気へ流出する可能性がある
- 燃料製造時の温室効果ガス排出を考慮する必要がある
アンモニア燃料を評価する場合は、燃焼時に二酸化炭素を直接発生しないという点だけでなく、製造方法、パイロット燃料、排気成分、安全設備まで含めて判断する必要があります。
バイオ燃料と合成燃料
既存の船舶用ディーゼルエンジンで使用しやすい燃料として、バイオ燃料や合成燃料も注目されています。
燃料の性状が既存燃料に近ければ、エンジンや燃料供給設備を大幅に変更せず使用できる可能性があります。
ただし、原料の持続可能性、製造エネルギー、供給量、価格、品質安定性などが課題です。
燃料噴射と電子制御
機械式エンジン
従来の大型低速機関では、カムシャフトによって燃料噴射ポンプや排気弁の作動時期を機械的に制御していました。
機械式機関は構造が分かりやすく、長年の運航実績があります。
一方、運転負荷に応じて燃料噴射や排気弁タイミングを自由に変更できる範囲には限界があります。
電子制御エンジン
近年の新造大型商船では、電子制御式の低速2ストローク機関が主流になっています。
ただし、既存船には機械式機関も多数残っています。
電子制御機関では、制御装置と油圧作動系を利用して、次の項目を細かく調整します。
- 燃料噴射時期
- 燃料噴射量
- 噴射圧力
- 噴射パターン
- 排気弁の開閉時期
- 始動空気の供給時期
- シリンダーごとの出力
これにより、高負荷運転だけでなく、低負荷運転でも適切な燃焼状態を維持しやすくなります。
また、各シリンダーの燃焼圧力や排気温度を均等化し、燃費、排気性能、部品寿命を改善できます。
電子制御式といっても、燃料噴射弁や排気弁を電気モーターだけで直接動かすとは限りません。
実際には、電子信号によって高圧油圧系を制御する電気油圧方式が多く採用されています。
大型船舶用エンジンの始動方法
大型低速エンジンは、自動車のような小型スターターモーターでは始動できません。
機関が巨大で、回転を開始させるために非常に大きなトルクが必要だからです。
始動空気システム
大型主機関では、一般に約3MPa、すなわち約30bar級の圧縮空気を利用して始動します。
空気圧縮機で作った高圧空気は、始動空気槽に蓄えられます。
始動指令が出ると、次のように作動します。
- 主始動弁が開く
- 始動空気が分配系統へ送られる
- 各シリンダーの始動空気弁が適切な順序で開く
- 圧縮空気がピストンを押し下げる
- クランクシャフトが回転を開始する
- 着火可能な回転数になると燃料噴射が開始される
- 自力運転へ移行する
始動空気系統には、逆流、爆発、誤作動などを防ぐため、多数の安全弁やインターロックが設けられています。
前進・後進の切り替え
低速直結機関の後進
固定ピッチプロペラを低速可逆主機へ直接接続した大型貨物船では、主機関そのものを逆回転させて後進する方式が一般的です。
前進から後進へ切り替える場合は、概ね次の手順になります。
- 燃料噴射を停止する
- エンジン回転を停止させる
- 始動空気、燃料噴射、排気弁の制御を後進用へ切り替える
- 後進方向に始動空気を供給する
- クランクシャフトを逆方向へ回転させる
- 燃料噴射を開始して後進運転へ移行する
機械式機関では、カム機構やローラーガイドなどを前進用から後進用へ切り替えます。
電子制御機関では、制御ロジックと電気油圧作動系によって、噴射、排気弁、始動空気のタイミングを後進用に変更します。
可変ピッチプロペラ
可変ピッチプロペラは、プロペラ翼の角度を変更できる構造です。
エンジンの回転方向を変えずに、プロペラ翼の角度を変えることで、前進、停止、後進を切り替えられます。
フェリー、タグボート、作業船など、頻繁に速度や推力方向を変更する船に適しています。
潤滑システム
大型低速クロスヘッド機関では、潤滑油が主にシリンダー油とシステム油に分けられます。
シリンダー油
シリンダー油は、シリンダーライナーとピストンリングを潤滑する専用油です。
燃焼室に近い部分へ供給されるため、基本的には回収されず、運転中に消費される全損式です。
シリンダー油には、次の役割があります。
- ライナーとリングの摩擦を減らす
- 焼き付きを防ぐ
- 摩耗を抑える
- 燃料中の硫黄に由来する酸を中和する
- シリンダー内面を腐食から守る
シリンダー油の供給量が少なすぎると、摩耗、腐食、焼き付きなどが起こりやすくなります。
反対に、供給量が多すぎると、堆積物の増加、ピストンリングの固着、排気系の汚損、潤滑油コストの増加につながります。
燃料の硫黄分や運転条件に応じて、適切な塩基価と供給量のシリンダー油を選ぶことが重要です。
システム油
システム油は、次の部品を潤滑・冷却するために使用されます。
- 主軸受
- クランクピン軸受
- クロスヘッド軸受
- ガイドシュー
- クランクシャフト
- 一部の油圧作動装置
- ピストン冷却系統
システム油はタンクへ回収され、フィルターや清浄機で不純物を除去し、冷却器で温度を調整した後、再び機関へ供給されます。
冷却システム
燃焼室周辺は非常に高温になるため、適切な冷却が必要です。
主な冷却対象は次のとおりです。
- シリンダーライナー
- シリンダーカバー
- 排気弁
- ピストン
- 潤滑油
- 掃気空気
- ターボチャージャー
- 燃料噴射関連装置
淡水冷却と海水冷却
大型主機関では、一般に海水をエンジン内部へ直接流すのではなく、淡水を閉回路で循環させます。
基本的な構成は次のとおりです。
海水
↓
中央冷却器または熱交換器
↓
淡水冷却回路
↓
主機関・補機
海水を直接エンジン内部へ流すと、腐食、塩分の析出、汚れの付着などが起こりやすいためです。
高温系統と低温系統
淡水冷却系統は、温度帯によって分けられることがあります。
高温淡水系統は、主にシリンダーライナーやシリンダーカバーなどを冷却します。
低温淡水系統は、主に次の設備を冷却します。
- 掃気空気冷却器
- 潤滑油冷却器
- 補助機関
- 空気圧縮機
- その他の補機
高温側の排熱は、船内暖房、給湯、燃料加熱などに利用される場合があります。
排気ガスと廃熱回収
大型低速ディーゼルエンジンは高効率ですが、燃料エネルギーのすべてを軸出力へ変換できるわけではありません。
燃料エネルギーは、主に次のように分配されます。
- クランクシャフトから得られる軸出力
- 排気ガスが持つ熱
- 冷却水へ移る熱
- 潤滑油へ移る熱
- 放射熱
- 機械損失
排気ガスや冷却水に残る熱を再利用することで、船全体のエネルギー効率を改善できます。
排ガスエコノマイザー
排ガスエコノマイザーは、主機関の排気ガスを利用して蒸気を作る装置です。
生成した蒸気は、次の用途に利用されます。
- 燃料油の加熱
- 貯蔵タンクの加熱
- 船内暖房
- 給湯
- 荷役設備
- 清掃
- ターボ発電
排ガスエコノマイザーは、多くの大型商船で使用されています。
廃熱回収発電
出力の大きな船では、排気ガスからさらにエネルギーを回収して発電することがあります。
代表的な方式は次のとおりです。
- 排気ガスでパワータービンを回す方式
- 排気熱で蒸気を作り蒸気タービンを回す方式
- パワータービンと蒸気タービンを組み合わせる方式
ただし、設備が複雑で高価になるため、すべての船に搭載されるわけではありません。
主機出力、運航負荷、航海時間、船内電力需要などを考慮して採用が判断されます。
プロペラと推進効率
船の燃費は、エンジン単体の効率だけで決まるものではありません。
エンジン、軸系、プロペラ、船体を一体として最適化する必要があります。
大径・低回転プロペラ
一般に、同じ推力を得る場合、小さなプロペラを高速回転させるより、大きなプロペラを低速で回転させる方が推進効率を高めやすくなります。
低速2ストロークエンジンは、大径プロペラを低回転で直接駆動するのに適しています。
ただし、プロペラ径は船尾形状、喫水、船体強度、キャビテーション、振動などの条件によって制限されます。
固定ピッチプロペラ
固定ピッチプロペラは、翼の角度が固定されたプロペラです。
構造が比較的単純で、一定速度で長距離航行する場合に高い効率を得やすいため、大型貨物船で広く使用されています。
低速可逆主機へ直結している場合、主機関を逆回転させることで後進します。
可変ピッチプロペラ
可変ピッチプロペラは、運転中に翼角を変更できます。
主な利点は次のとおりです。
- エンジンの回転方向を変えずに後進できる
- 推力を細かく調整できる
- 船速変化に対応しやすい
- 荷重変動が大きい船に適する
一方、固定ピッチプロペラより構造が複雑で、ハブが大型化しやすく、保守対象も増えます。
船内発電設備
船内では、推進以外にも大量の電力が必要です。
主な電力負荷には、次のものがあります。
- 燃料ポンプ
- 冷却水ポンプ
- 潤滑油ポンプ
- 換気ファン
- 空気圧縮機
- 航海計器
- 通信設備
- 照明
- 空調
- 冷凍設備
- 荷役装置
- バウスラスター
- 居住区設備
ディーゼル発電機
一般的な大型船には、複数台のディーゼル発電機が搭載されています。
船内の電力需要に応じて、運転台数を変更します。
1台が故障した場合でも電力を供給できるよう、必要な冗長性が確保されています。
軸発電機
軸発電機は、主機関やプロペラ軸の回転を利用して発電する装置です。
主機関が効率の良い負荷範囲で運転されている場合、補助ディーゼル発電機より効率よく電力を得られることがあります。
電力変換装置を使用することで、主機回転数が変化しても一定周波数の電力を供給できるシステムがあります。
非常用発電機
主電源が失われた場合に備えて、非常用発電機が設置されます。
通常は主機関室から分離された場所に配置されます。
非常時には、船の安全を維持するため、次のような設備へ電力を供給します。
- 非常照明
- 火災警報設備
- 通信設備
- 航海設備
- 非常用ポンプ
- 操舵関連設備
- 防水扉などの安全設備
実際に供給される負荷や運転時間は、船種や適用規則によって異なります。
ディーゼル・エレクトリック推進
ディーゼル・エレクトリック方式では、ディーゼルエンジンがプロペラを直接回しません。
基本的な構成は次のとおりです。
ディーゼルエンジン
↓
発電機
↓
配電盤
↓
電力変換装置
↓
推進用電動モーター
↓
プロペラ
ディーゼル・エレクトリック方式の利点
主な利点は次のとおりです。
- エンジン配置の自由度が高い
- 推進用電力と船内電力を統合できる
- 複数の発電機を需要に応じて運転できる
- 低速域で推力を細かく制御できる
- アジマス推進器と組み合わせやすい
- 機械的な長い軸系を省略できる場合がある
- 客室付近への振動伝達を抑えやすい
クルーズ船、砕氷船、調査船、海洋作業船、LNG運搬船などで採用されています。
ディーゼル・エレクトリック方式の課題
主な課題は次のとおりです。
- 発電機、変換装置、モーターを介するため変換損失がある
- 電気設備が複雑になる
- 初期費用が高い
- 高度な電力管理が必要
- 大容量電気機器の冷却設備が必要
- 電気系統の故障が推進に影響する可能性がある
一定速力で長距離を航行する大型貨物船では、低速2ストローク機関による直接駆動の方が効率面で有利な場合が多くあります。
LNG運搬船の推進方式
LNG運搬船では、貨物タンク内のLNGが少しずつ気化し、ボイルオフガスが発生します。
このガスを安全に処理または利用する必要があります。
蒸気タービン方式
従来のLNG運搬船では、ボイルオフガスをボイラーで燃焼させ、発生した蒸気でタービンを回す方式が広く使用されていました。
蒸気タービンは構造が比較的単純で信頼性が高く、ボイルオフガスを利用しやすいという利点があります。
一方、ディーゼルエンジンと比較すると熱効率が低いことが課題です。
デュアルフューエル機関
現在では、ガスと液体燃料の両方を使用できるデュアルフューエル機関が広く採用されています。
中速機関を使用した電気推進や、低速2ストロークガス機関による直接駆動があります。
また、余剰ボイルオフガスを再液化して貨物タンクへ戻す再液化装置を搭載する船もあります。
大型低速エンジンの熱効率
大型低速2ストロークディーゼルエンジンは、実用化されている熱機関のなかでも非常に高い効率を持ちます。
機関や運転条件によって異なりますが、ブレーキ熱効率が50%前後、または50%を超える場合があります。
ブレーキ熱効率とは、燃料が持つ化学エネルギーのうち、クランクシャフトから軸仕事として取り出された割合を表します。
高い熱効率を実現できる主な理由は次のとおりです。
- 高い圧縮比
- 大型化による相対的な熱損失の低下
- 低回転による摩擦損失の抑制
- 長い膨張行程
- 高効率なターボ過給
- 精密な燃料噴射
- 長時間の安定負荷運転
- 減速機を使用しない直接駆動
- 排気弁や噴射タイミングの最適化
ただし、機関の熱効率が50%であっても、燃料エネルギーの50%がそのまま船の前進に使われるわけではありません。
軸系、プロペラ、船体抵抗などによる損失も考慮する必要があります。
船速と燃料消費の関係
船を高速で航行させるほど、船体抵抗は大きくなります。
一定の速度範囲では、必要な推進出力が船速のおおむね3乗に近い関係で増えることがあります。
例えば、船速を10%増加させた場合、単純な3乗則では必要出力は次のようになります。
1.1 × 1.1 × 1.1 = 約1.33
つまり、船速を10%上げるために、必要出力が約33%増える可能性があります。
ただし、実際の関係は常に厳密な3乗になるわけではありません。
次の条件によって変化します。
- 船型
- 船速域
- 積載状態
- 波浪
- 風
- 浅水影響
- 船底の汚れ
- プロペラの汚れや損傷
- 海水温度
- 喫水やトリム
スロー・スチーミング
船速を落として燃料消費量を削減する運航方法を、スロー・スチーミングと呼びます。
船速を少し下げるだけでも必要出力が大きく減るため、燃料費や二酸化炭素排出量を削減できます。
一方、機関を長期間低負荷で運転すると、次の問題が発生することがあります。
- 燃焼状態の悪化
- 排気温度の低下
- 煤の堆積
- ターボチャージャー効率の低下
- 排ガスエコノマイザーの汚損
- ピストンリング周辺の堆積物増加
近年の電子制御機関は、低負荷運転を考慮して燃料噴射、排気弁、過給システムなどが最適化されています。
それでも、メーカーが定める運転範囲や保守条件を守る必要があります。
船舶用エンジンの排出ガス対策
硫黄酸化物
硫黄酸化物は、燃料中の硫黄分が燃焼することで発生します。
主な対策は次のとおりです。
- 低硫黄燃料油を使用する
- LNG、メタノールなどの低硫黄燃料へ切り替える
- 排気ガス洗浄装置を使用する
排気ガス洗浄装置はスクラバーとも呼ばれます。
オープンループ方式、クローズドループ方式、両方を切り替えられるハイブリッド方式があります。
オープンループ方式の洗浄水排出については、港湾や沿岸国によって禁止または制限される場合があります。
そのため、スクラバーを搭載していても、すべての海域で同じ運用ができるとは限りません。
窒素酸化物
窒素酸化物は、燃焼時の高温によって空気中の窒素と酸素が反応することで発生します。
主な低減方法は次のとおりです。
- 燃料噴射時期の最適化
- 排気ガス再循環
- 水噴射
- 乳化燃料
- 選択式触媒還元装置
- 燃焼温度の制御
選択式触媒還元装置では、尿素水などから生成したアンモニアを利用し、窒素酸化物を窒素と水へ変換します。
排気ガス再循環では、排気ガスの一部を掃気側へ戻し、燃焼温度と酸素濃度を調整して窒素酸化物を減らします。
厳しいIMO Tier III規制は、対象となる船舶が指定された窒素酸化物排出規制海域を航行する場合に適用されます。
すべての船、すべての海域に一律でTier IIIが適用されるわけではありません。
粒子状物質と煤
粒子状物質や煤は、不完全燃焼、燃料中の灰分、潤滑油成分などによって発生します。
大型低速主機における主な対策は次のとおりです。
- 適切な燃料品質管理
- 燃料噴射状態の改善
- 適切な空気量の確保
- シリンダー注油量の最適化
- 低硫黄燃料やガス燃料の使用
- スクラバーによる一部除去
自動車のディーゼル微粒子フィルターのような装置は、一部の船舶用機関では使用されますが、大型低速2ストローク主機で一般的な対策とはいえません。
二酸化炭素
二酸化炭素排出量を減らす基本的な方法は、燃料消費量を削減することです。
主な対策は次のとおりです。
- 船速の最適化
- 航路の最適化
- 船体形状の改善
- プロペラ効率の改善
- 船底とプロペラの清掃
- 廃熱回収
- 軸発電機
- 風力補助推進
- 空気潤滑システム
- バッテリーの利用
- 低炭素燃料・ゼロ炭素燃料の使用
メタンスリップ
LNGを使用する一部のガスエンジンでは、燃焼しなかったメタンが排気ガスへ流出します。
これをメタンスリップと呼びます。
メタンは温室効果が大きいため、LNG船の環境性能を評価する場合は、二酸化炭素だけでなくメタンスリップも考慮する必要があります。
高圧ガス噴射方式、燃焼制御の改善、酸化触媒などによって、メタンスリップを低減する技術開発が進められています。
大型船舶用エンジンの保守・点検
大型船の主機関は、長期間の連続運転に耐えられるよう設計されていますが、定期的な点検と整備が欠かせません。
運転中の監視項目
主な監視項目は次のとおりです。
- シリンダー内圧
- 各シリンダーの排気温度
- 掃気圧力
- 掃気温度
- 燃料圧力
- 潤滑油圧力
- 潤滑油温度
- 冷却水温度
- 軸受温度
- ターボチャージャー回転数
- クランクケース内のオイルミスト
- 振動
- シリンダードレン油の鉄分
- 潤滑油中の摩耗粉
- ピストン冷却油の流量
各シリンダーの数値を比較することで、燃料噴射不良、圧縮低下、排気弁漏れなどの異常を早期に発見できます。
ピストン抜き
ピストン抜きは、ピストンをシリンダーから引き抜いて点検する大規模な整備作業です。
主な確認項目は次のとおりです。
- ピストンクラウンの焼損
- 亀裂
- 腐食
- ピストンリングの摩耗
- リング溝の状態
- リングの固着
- 冷却通路の汚れ
- シリンダーライナーの摩耗
- スカッフィングの有無
整備時期は、単純な運転時間だけでなく、状態監視データやメーカーの推奨基準をもとに判断されます。
シリンダーライナー点検
シリンダーライナーでは、次の項目を確認します。
- 内径の摩耗量
- 上下方向の摩耗分布
- 円周方向の摩耗
- 表面の傷
- 腐食
- スカッフィング
- 注油孔の状態
- 表面加工の状態
必要に応じて、ホーニング、研磨、交換などを行います。
燃料噴射弁の整備
燃料噴射弁の状態が悪化すると、燃料が適切に霧化されなくなります。
その結果、次の問題が発生します。
- 燃費悪化
- 黒煙
- 排気温度上昇
- シリンダー間の出力差
- ピストンクラウンの局部過熱
- シリンダーライナーへの燃料付着
- 不完全燃焼
整備時には、開弁圧力、噴霧形状、漏れ、針弁の動作などを確認します。
排気弁の整備
排気弁は、高温の燃焼ガスに直接さらされます。
弁座の焼損、腐食、ガス漏れなどが発生すると、圧縮圧力や出力が低下します。
必要に応じて、弁座の研磨、部品交換、回転機構の点検、冷却状態の確認などを行います。
状態基準保全
従来は、一定の運転時間ごとに部品を分解する時間基準保全が中心でした。
現在では、次のデータを活用した状態基準保全や予知保全も進んでいます。
- シリンダー圧力解析
- 潤滑油分析
- ドレン油分析
- 摩耗粉分析
- 振動解析
- 排気温度偏差
- 軸受温度
- ボアスコープ画像
- 運転履歴
部品の状態を把握したうえで整備時期を決めることで、不要な分解を減らし、故障を未然に防ぎます。
大型船舶用エンジンの安全装置
オイルミスト検知器
クランクケース内の軸受が異常過熱すると、潤滑油が細かな霧状になります。
オイルミスト濃度が高くなると、爆発につながる危険があります。
オイルミスト検知器は、クランクケース内の油霧濃度を監視し、異常時に警報や減速、停止指令を出します。
クランクケース防爆弁
クランクケース内で爆発が発生した場合、圧力を安全に逃がすための装置です。
炎や高温ガスが機関室へ噴き出しにくい構造になっています。
軸受温度監視
主軸受、クランクピン軸受、クロスヘッド軸受などの温度を監視します。
温度上昇は、潤滑不足、油路閉塞、軸受損傷、軸芯ずれなどの兆候である可能性があります。
過速度保護
エンジン回転数が許容値を超えた場合、燃料供給を遮断してエンジンを停止させます。
プロペラが水面から露出した場合や制御装置が故障した場合などに、急激な回転上昇が起こる可能性があります。
低潤滑油圧保護
潤滑油圧力が低下すると、軸受や摺動部が損傷する危険があります。
異常時には警報を出し、必要に応じて自動減速または自動停止します。
掃気室火災対策
掃気室に油や燃焼残留物が蓄積すると、火災が発生することがあります。
掃気室には、温度監視、ドレン設備、消火設備などが設けられます。
日常的な点検と清掃も重要です。
船橋と機関室からの操作
多くの大型船では、主機関を次の場所から操作できます。
- 船橋
- 機関制御室
- 主機関付近のローカル操縦位置
ただし、複数の場所から同時に競合操作するわけではありません。
操作権限を切り替え、現在どの場所から制御しているかを明確にします。
船橋操縦
通常航海中は、船橋の操縦ハンドルから主機関へ指令を送ります。
主な指令は次のとおりです。
- 前進
- 後進
- 目標回転数
- 停止
- 始動
自動制御システムが、燃料噴射、始動空気、排気弁などを適切に制御します。
機関制御室
機関制御室では、主機関や補助機関の運転状態を総合的に監視します。
異常発生時には、警報内容を確認し、必要な操作や対応を行います。
ローカル操縦
遠隔制御装置が故障した場合などに備え、主機関付近にはローカル操縦装置が設けられています。
ローカル操縦では、機関の状態を直接確認しながら、始動、停止、回転数調整などを行います。
主要な大型低速エンジンの設計系統
大型低速2ストローク機関では、代表的な設計ブランドとして、次の系統が知られています。
- MAN B&W系
- WinGD系
- UE系
これらの企業やブランドは、エンジンの基本設計、技術開発、ライセンス供与などを行います。
実際のエンジンは、日本、韓国、中国などの重工業メーカーやライセンシーによって製造される場合があります。
エンジンを選定する際には、次の条件を総合的に検討します。
- 船型
- 必要出力
- 航海速力
- プロペラ径
- エンジン回転数
- 燃料の種類
- 排出規制
- 機関室の大きさ
- 保守体制
- 燃料供給インフラ
- 将来の燃料転換可能性
大型船舶用エンジンの今後
多燃料化
将来の船舶燃料が一種類に統一されるとは限りません。
船種、航路、燃料供給網、建造時期などに応じて、複数の燃料が使用される可能性があります。
主な候補は次のとおりです。
- LNG
- メタノール
- LPG
- アンモニア
- バイオ燃料
- 合成燃料
- 水素
ただし、これらの燃料は、商用化の進み方や技術的成熟度が同じではありません。
LNG、LPG、メタノールはすでに商用船での採用が進んでいます。
アンモニアは商用導入の初期段階にあり、安全性、燃焼、排気処理、燃料供給体制の整備が課題です。
水素は燃焼時に二酸化炭素を発生しませんが、体積当たりのエネルギー密度が低く、長距離を航行する大型外航船では貯蔵スペースが大きな課題になります。
燃料転換対応
将来の燃料価格や規制が不透明なため、後から別の燃料へ転換できるエンジンや船体設計が重視されています。
例えば、建造時は通常燃料やLNGを使用し、将来メタノールやアンモニアへ改造できるよう、機関室、燃料タンク、配管スペース、安全区画などをあらかじめ考慮する方法があります。
ハイブリッド化
バッテリーを主機関や発電機と組み合わせることで、次の効果が期待できます。
- 港内での排出削減
- 発電機負荷の平準化
- 瞬間的な出力補助
- 発電機の運転台数削減
- 回生エネルギーの利用
- ブラックアウト防止
- 低負荷運転の改善
ただし、大型外航船をバッテリーだけで長距離航行させるには、非常に大きな重量と容積が必要です。
そのため、当面は主推進を完全に置き換えるより、補助的な利用が中心になると考えられます。
風力補助推進
風力を利用して主機関の負荷を減らす技術も導入されています。
代表的な方式は次のとおりです。
- 硬翼帆
- ローターセイル
- 吸引翼
- カイト
- 自動制御帆
風力だけで航行するのではなく、エンジンと組み合わせて燃料消費量を削減します。
効果は航路、風向、風速、船型などによって異なります。
空気潤滑システム
船底へ空気を送り込み、船体と海水の摩擦抵抗を減らす技術です。
船底に気泡や空気層を形成することで、必要な推進出力を削減します。
コンプレッサーの消費電力も必要になるため、船全体としてエネルギー収支が改善するよう設計する必要があります。
デジタル化と予知保全
エンジンや船体に設置したセンサーから、運転データを継続的に収集する技術が普及しています。
主な活用方法は次のとおりです。
- 燃焼状態の最適化
- シリンダーごとの出力調整
- 燃料消費量の分析
- 故障兆候の検知
- メンテナンス時期の予測
- 航路と船速の最適化
- 船底汚損の推定
- プロペラ性能の監視
- シリンダー油量の最適化
陸上の運航管理センターと船舶を通信で接続し、船上と陸上の両方から状態を監視する仕組みも広がっています。
大型船舶用エンジンの要点
大型コンテナ船、タンカー、ばら積み貨物船などで使用される代表的な主機関は、低速2ストローク・クロスヘッド型ディーゼルエンジンです。
主な特徴は次のとおりです。
- 低回転で巨大なトルクを発生する
- 大径プロペラを直接駆動できる
- 高い熱効率を持つ
- 長時間の連続運転に適している
- 船内で分解・整備できる
- 燃料、潤滑、冷却、過給、排気処理を含む総合システムである
- 電子制御化と多燃料化が進んでいる
自動車用エンジンが、小型、軽量、高回転、高出力密度を重視するのに対し、大型船舶用エンジンは、低回転、高トルク、高効率、耐久性、信頼性、整備性を重視します。
大型船舶用エンジンを理解する際は、エンジン本体だけを見るのではなく、プロペラ、軸系、燃料処理、冷却、潤滑、発電、排熱回収、排気処理、安全装置まで含めた「船内エネルギープラント」として捉えることが重要です。
以上、大型船舶のエンジンについてでした。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
















