潜水艦の船体に使われる溶接技術について

潜水艦の船体には、高い水圧に耐えるための強度と精度が求められます。
なかでも重要なのが、乗組員や機器が収められる耐圧殻の溶接です。

耐圧殻では、高張力鋼などの強度が高い鋼材が用いられます。
しかし、鋼材そのものが強くても、溶接部分の品質が低ければ構造全体の信頼性を確保できません。

そのため潜水艦の船体溶接では、溶接方法だけでなく、溶接時の温度管理、入熱管理、熱影響部の性能、溶接変形、残留応力、非破壊検査などを総合的に管理する必要があります。

目次

潜水艦の耐圧殻では溶接品質が重要

耐圧殻は水圧を受け止める重要構造

潜水艦では、水圧に耐える耐圧殻が主要な構造の一つとなります。
設計によっては、その外側に外殻や非耐圧構造などが配置されます。

潜水深度が大きくなるほど、船体にはより大きな外圧が作用します。
そのため、耐圧殻には高い強度と靱性が求められます。

また、耐圧殻は円筒状の構造を基本とするため、材料の強度だけでなく、完成時の寸法精度や形状精度も重要です。

溶接部も船体強度の一部になる

耐圧殻は複数の鋼材を接合して作られるため、溶接部も船体構造の一部になります。

したがって、母材だけが十分な強度を持っていても、溶接金属やその周辺部分に割れや強度低下があれば、耐圧構造全体の信頼性に影響します。

潜水艦の溶接では、母材、溶接金属、熱影響部を含めた継手全体として必要な性能を確保することが重要です。

潜水艦の船体には高張力鋼が使われる

高張力鋼を使う理由

潜水艦の耐圧殻には、高い強度を持つ高張力鋼が用いられます。

耐圧殻の強度を高める方法として鋼板を厚くすることも考えられますが、板厚を増やすと船体重量も増加します。

潜水艦では、浮力や搭載能力とのバランスも重要です。
そのため、単に厚い鋼板を使用するのではなく、高い強度を持つ材料を利用して効率的に耐圧性能を確保することが求められます。

調質高張力鋼が規格化されている

防衛省規格には、主として潜水艦などに使用する圧延調質高張力鋼板に関する規定があります。

調質とは、一般的に焼入れと焼戻しなどの熱処理によって、鋼材の強度や靱性を調整する処理です。

高い強度だけを追求すると、材料が脆くなったり、溶接時の割れ感受性が高まったりする場合があります。
そのため、潜水艦用鋼材では強度と靱性のバランスが重要になります。

超高張力鋼についても研究されている

防衛装備庁では、将来潜水艦への適用を想定した超高張力鋼NS110と、その溶接技術に関する研究も行われています。

ただし、公開されている研究資料から、NS110が現在の潜水艦に実用されていると断定することはできません。

したがって、NS110については「潜水艦への適用を想定して研究された超高張力鋼」と理解するのが適切です。

潜水艦用鋼材では複数の溶接法が検討される

被覆アーク溶接

被覆アーク溶接は、英語でSMAWと呼ばれるアーク溶接法です。

被覆剤で覆われた溶接棒と母材の間にアークを発生させ、その熱で母材と溶接棒を溶融させて接合します。

防衛省には、調質高張力鋼用の低水素系被覆アーク溶接棒に関する規格があります。

高強度鋼の溶接では水素による割れが問題になるため、低水素系溶接材料の利用は重要な対策の一つです。

ガスメタルアーク溶接

ガスメタルアーク溶接はGMAWと呼ばれ、連続的に供給されるワイヤ電極と母材の間にアークを発生させる方式です。

溶接部はシールドガスによって大気から保護されます。

防衛省には、主として潜水艦に使用する調質高張力鋼材向けのガスメタルアーク溶接材料に関する規格があります。

そのため、GMAWは潜水艦用高張力鋼の溶接と密接に関係する方法の一つといえます。

ガスタングステンアーク溶接

ガスタングステンアーク溶接はGTAWまたはTIG溶接と呼ばれる方式です。

消耗しにくいタングステン電極を使用し、比較的精密に溶接部を制御しやすい特徴があります。

防衛装備庁によるNS110超高張力鋼の研究では、GTA、GMA、SMAなど複数の溶接法が比較検討されています。

ただし、この研究結果だけから、GTAWが現在の潜水艦耐圧殻の主要な建造方法として使用されていると断定することはできません。

潜水艦の溶接で重要な熱影響部

熱影響部とは

溶接では、実際に溶けた部分だけでなく、その周囲にも熱が伝わります。

溶融はしていないものの、溶接熱によって金属組織や機械的性質が変化した部分を熱影響部と呼びます。
英語ではHAZ、Heat Affected Zoneと表記されます。

高張力鋼では熱による材質変化に注意する

高張力鋼は、成分設計や熱処理によって高い強度や靱性を持たせています。

しかし、溶接によって局所的に高温まで加熱され、その後急速に冷却されると、母材とは異なる金属組織が生じることがあります。

条件によっては、熱影響部が硬くなりすぎたり、靱性が低下したりする可能性があります。

そのため、潜水艦用高張力鋼では、溶接金属だけではなく熱影響部の性能も重要な管理対象になります。

低温割れを防ぐための水素管理

高強度鋼では水素による割れに注意する

高張力鋼の溶接で注意すべき現象の一つが、水素が関係する低温割れです。

溶接部に拡散性水素が存在し、硬い金属組織や高い引張応力などの条件が重なると、溶接後に割れが発生する場合があります。

鋼材の強度が高くなるほど、水素割れへの配慮が重要になる傾向があります。

低水素系溶接材料を使用する

水素の侵入を抑える方法の一つが、低水素系の溶接材料を使用することです。

防衛省規格でも、調質高張力鋼向けの低水素系被覆アーク溶接棒が規定されています。

実際の施工では、溶接材料への吸湿を防ぐことなども一般的に重要になります。

ただし、具体的な保管温度や乾燥条件などは使用する材料や施工規格によって異なります。

予熱とパス間温度の管理が重要

予熱によって急冷を抑える

高張力鋼の溶接では、必要に応じて母材を事前に温める予熱が行われます。

予熱を行うことで、溶接後の冷却速度を緩やかにできます。

これにより、熱影響部が過度に硬化することや、水素による低温割れのリスクを抑える効果が期待できます。

パス間温度も管理する

厚い鋼板の溶接では、複数回に分けて溶接することがあります。

このとき、一つの溶接パスが終わってから次のパスを施工するまでの温度をパス間温度と呼びます。

温度が低すぎても高すぎても溶接部の性質に影響する可能性があるため、適切な範囲に管理することが重要です。

防衛装備庁によるNS110の研究でも、GMA溶接における予熱・パス間温度について検討されています。

溶接入熱の管理も欠かせない

入熱が小さすぎても問題になる

溶接時に母材へ加えられる熱量を溶接入熱と呼びます。

入熱が小さすぎると、溶接後の冷却速度が速くなり、熱影響部が硬化しやすくなる場合があります。

その結果、低温割れなどのリスクが高まる可能性があります。

入熱が大きすぎても問題になる

反対に、入熱が過大になると熱影響部が広くなったり、金属組織が粗大化したりする場合があります。

また、鋼材の熱変形も大きくなりやすくなります。

そのため、電流、電圧、溶接速度などを適切に設定し、鋼材や溶接材料に合った範囲で入熱を管理する必要があります。

厚鋼板では多層溶接が使われる

複数のパスに分けて溶接する

厚い鋼板を接合する場合、一度の溶接だけで必要な溶接金属を形成するのではなく、複数のパスに分けて積み重ねる多層溶接が用いられます。

一つの層を溶接したあと、その上に次の層を形成していく方法です。

溶接順序によって熱履歴が変わる

多層溶接では、後から施工する溶接の熱が、すでに形成された溶接金属や熱影響部にも作用します。

そのため、単純に溶接回数だけを決めればよいわけではありません。

各パスの入熱、溶接順序、パス間温度などを管理し、継手全体の性能を確保することが重要になります。

溶接変形と船体形状の管理

溶接では鋼材が収縮する

鋼材は加熱すると膨張し、冷却すると収縮します。

溶接では一部分だけが高温になるため、冷却後に鋼材がゆがんだり、寸法が変化したりすることがあります。

これが溶接変形です。

耐圧殻では形状精度も重要になる

潜水艦の耐圧殻では、材料強度だけでなく設計された形状を高い精度で維持することも重要です。

円筒殻が外圧を受ける構造では、形状の乱れや局部的な変形が耐圧性能に影響する可能性があります。

一般的な大型溶接構造物では、溶接順序を工夫したり、治具などで構造を保持したりして変形を抑制します。

ただし、実際の潜水艦建造における具体的な施工順序や治具の使用方法は、公開情報だけでは確認できない部分もあります。

溶接による残留応力にも注意する

冷却後も内部に応力が残ることがある

溶接部分は加熱と冷却によって局部的に伸び縮みします。

その結果、溶接が終了したあとも材料内部に応力が残ることがあります。
これを残留応力と呼びます。

疲労性能にも関係する

潜水艦の耐圧殻には、潜航や浮上などによって外圧の変動が加わります。

構造物の疲労性能には、応力振幅だけでなく、溶接形状、応力集中、材料特性、溶接欠陥、残留応力など複数の要因が影響します。

そのため、潜水艦の船体溶接では、不必要な変形や応力集中をできるだけ抑えることが重要になります。

母材より溶接金属を強くすればよいとは限らない

強度だけを高めればよいわけではない

非常に強度の高い鋼材を使う場合、溶接金属についても単純に母材以上の強度を持たせれば安全になるとは限りません。

溶接金属の強度を高めるほど、靱性や割れ感受性などとのバランスが難しくなる場合があります。

軟質溶接という考え方もある

高強度の母材に対して、母材より低い強度の溶接金属を使用しながら、継手全体として必要な性能を確保する考え方を軟質溶接と呼びます。

防衛装備庁によるNS110の研究でも、軟質溶接に関する検討が行われています。

潜水艦の溶接では、単純な最高強度だけでなく、強度、靱性、延性、割れにくさなどを総合的に考えることが重要です。

溶接部は非破壊検査で確認する

非破壊検査とは

非破壊検査とは、部材を壊さずに内部や表面の欠陥を調べる検査方法です。

防衛省には、艦船用鋼材そのものを対象とした非破壊試験規格に加え、艦船用鋼材の溶接部を対象とした非破壊試験方法の規格もあります。

潜水艦のような高い信頼性が求められる構造では、溶接後の品質確認が重要になります。

超音波探傷試験

超音波探傷試験では、材料内部へ超音波を送り、その反射を利用して内部の異常を確認します。

厚い鋼材や溶接継手内部の欠陥を調べる際に広く利用される方法です。

放射線透過試験

放射線透過試験では、X線やガンマ線などを利用して溶接部内部の状態を確認します。

防衛省の調質高張力鋼用ガスメタルアーク溶接材料に関する規格にも、放射線透過試験に関する項目があります。

磁粉探傷試験など

鋼材の表面や表面近傍の欠陥を確認する方法として、磁粉探傷試験などが利用されます。

実際にどの非破壊検査方法を使用するかは、材料、部位、継手形状、検査目的、適用規格などによって異なります。

そのため、潜水艦のすべての溶接部に同じ種類の検査を一律に行うとは限りません。

潜水艦の船体は高精度に組み立てられる

円筒状の構造を組み合わせて船体を形成する

一般的な潜水艦建造では、耐圧殻を構成する円筒状のセクションなどを製作し、それらを組み合わせながら船体を形成していきます。

現代の造船では、船体を複数のブロックやセクションに分けて製作し、最終的に組み合わせる建造方式が広く利用されています。

溶接精度と工作精度の両方が必要

大型の構造物では、溶接箇所が増えるほど熱変形や寸法誤差が蓄積する可能性があります。

潜水艦の耐圧殻では、溶接部の強度だけでなく、完成した船体の寸法や形状も重要です。

そのため、潜水艦建造では溶接技術だけでなく、高精度な加工、位置合わせ、計測などの技術も必要になります。

潜水艦の溶接技術が難しい理由

潜水艦の船体溶接が難しい最大の理由は、一つの性能だけを高めればよいわけではないことです。

耐圧殻の溶接では、高い強度を確保すると同時に、靱性、疲労性能、割れにくさ、寸法精度なども考慮する必要があります。

さらに、高強度鋼ほど溶接時の熱や水素の影響を受けやすくなるため、施工条件の管理も重要になります。

そのため、潜水艦の溶接は単なる鋼板の接合作業ではありません。

鋼材の性質、溶接材料、溶接法、予熱、入熱、パス間温度、熱影響部、変形、残留応力、非破壊検査などを一体として管理する高度な製造技術です。

まとめ

潜水艦の船体、特に耐圧殻には、高い水圧に耐えるための高張力鋼が使用されます。

高張力鋼は優れた強度を持つ一方、溶接時の熱による材質変化や水素による低温割れなどに注意しなければなりません。

そのため、被覆アーク溶接やガスメタルアーク溶接などの技術とともに、予熱、パス間温度、溶接入熱などを適切に管理することが重要です。

また、溶接後には対象や目的に応じた非破壊検査を行い、内部欠陥や表面欠陥の有無を確認します。

さらに、潜水艦の耐圧殻では溶接部の強度だけでなく、船体の形状精度や溶接変形、残留応力なども重要になります。

潜水艦の船体溶接とは、単に金属同士を接合する技術ではありません。
高強度な鋼材の性能をできるだけ損なわず、耐圧構造物として必要な強度、靱性、精度、信頼性を確保するための総合的な製造技術といえます。

以上、潜水艦の船体に使われる溶接技術についてでした。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

取り扱い中古船一覧

船の修理・重整備・販売のご依頼は、
東備ヤンマー株式会社にお任せください。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次