GPSをはじめとする衛星測位システムが普及する以前、船乗りたちは太陽や月、星などの天体を観測し、進む方角や船の現在地を判断していました。
航海の目印として特に有名なのが、北半球で見られる北極星です。
ただし、本格的な天文航法では、北極星だけを頼りにするわけではありません。
季節や時刻、航行する海域に応じて、複数の恒星や太陽、月、惑星を観測します。
星を利用した航海では、主に次の情報を確認します。
- 船が進んでいる方角
- 船のおおよその緯度
- 海上における船の現在位置
天文航法で重要になるのが、水平線から天体までの角度である「高度」です。
六分儀などを使って天体の高度を測り、観測時刻や航海暦の情報と照らし合わせることで、船の位置を求めます。
北半球の航海で重要な北極星
北極星が北の目印になる理由
北極星は、北半球における最も代表的な航海の目印です。
地球は自転しているため、多くの星は時間とともに東から西へ移動しているように見えます。
一方、北極星は、地球の自転軸を北側へ延長した位置である「北天の極」の近くにあります。
そのため、北極星は夜空の中でほとんど位置を変えず、その方向はおおよそ真北を示します。
ただし、北極星と北天の極は完全に一致しているわけではありません。
北極星も北天の極の周囲を小さく回っているため、精密な天文航法では観測時刻などに応じた補正が必要です。
北極星の高度から緯度を推定できる
北極星は、北の方角だけでなく、観測地点のおおよその緯度を知る目印にもなります。
正確には、水平線から北天の極までの高度が、観測地点の北緯と一致します。
北極星は北天の極の近くにあるため、北極星の高度を測ることで緯度をおおよそ推定できます。
例えば、北極星の高度が約35度であれば、観測地点はおおよそ北緯35度付近にあると考えられます。
北へ移動するほど北極星は空の高い位置に見え、南へ移動するほど低く見えます。
北極点では北極星はほぼ頭上に見えます。
赤道付近では北の水平線近くに見え、南半球へ入ると通常は水平線の下に隠れて見えなくなります。
北斗七星から北極星を見つける方法
北極星は有名な星ですが、夜空で最も明るい星ではありません。
そのため、周囲の星の並びを手がかりにして探します。
代表的なのが、北斗七星を利用する方法です。
北斗七星は、おおぐま座の一部を構成する7つの星で、ひしゃくのような形をしています。
ひしゃくの器部分の外側にある2つの星を結び、メラクからドゥーベへ向かう方向に、その星同士の間隔の約5倍だけ線を延ばすと、北極星付近に到達します。
北極星は、こぐま座を構成する「小さなひしゃく」の柄の先に位置しています。
カシオペヤ座から北極星を探す方法
北斗七星が地平線近くにあり、見つけにくい場合には、カシオペヤ座を目印にできます。
カシオペヤ座は、アルファベットの「W」または「M」に似た形をしている星座です。
北斗七星とは北天の極を挟んで反対側に見えることが多く、北極星を探すための手がかりになります。
ただし、カシオペヤ座から北極星を見つける方法は、北斗七星を利用する方法よりも少し複雑です。
まずはカシオペヤ座の位置を確認し、その内側の方向から北極星を探します。
南半球で南を知るための南十字星
南半球には明るい南極星がない
北半球には北極星がありますが、南半球には北極星に相当する明るく見つけやすい星がありません。
地球の自転軸を南側に延長した位置は「南天の極」と呼ばれます。
南天の極の近くにも恒星はありますが、肉眼で簡単に見つけられるほど明るい星ではありません。
そのため、南半球では南十字星などを利用して、南天の極と真南の方向を推定します。
南十字星から真南を求める方法
南十字星は、みなみじゅうじ座を構成する十字形の星の並びです。
英語では「Southern Cross」または「Crux」と呼ばれます。
南十字星の長い軸を、上側にあるガクルックスから下側にあるアクルックスへ向かう方向に延ばします。
長軸の長さのおよそ4.5倍先が、南天の極に近い位置です。
そこから水平線へ向かって垂直に下ろした方向が、おおよその真南になります。
ただし、南十字星は南天の極の周囲を回っているため、常に縦向きに見えるわけではありません。
時刻や観測地点によって、横向きや逆さに見える場合もあります。
そのため、見た目の上下ではなく、ガクルックスからアクルックスへ向かう長軸の方向を確認することが重要です。
偽十字との見分け方
南の空には、南十字星に似た十字形の星の並びがあります。
これは一般に「偽十字」と呼ばれています。
偽十字は正式な星座ではなく、りゅうこつ座やほ座の星によって形成される星の並びです。
南十字星より大きく見えるため、慣れていないと見間違えることがあります。
南十字星を見つける際は、近くにあるケンタウルス座の明るい2つの星が手がかりになります。
この2つの星は「ポインター」と呼ばれ、南十字星がある方向を示す目印として利用されます。
日本から南十字星は見えるのか
日本では、南十字星をどこからでも見られるわけではありません。
沖縄県の八重山諸島など、南西諸島の南部では、季節や時刻、天候、水平線の状態が良ければ、南十字星を構成する主要な4つの星を観測できます。
ただし、日本から見る南十字星は南の地平線近くに現れるため、建物や山、大気のかすみの影響を受けやすくなります。
沖縄本島でも非常に低い位置に見えます。
本州では、南十字星の主要な星々を通常の観測条件で見ることはできません。
天文航法で使われる代表的な恒星
本格的な天文航法では、北極星や南十字星だけでなく、位置が正確に分かっている明るい恒星を利用します。
こうした恒星は「航海恒星」と呼ばれ、六分儀で高度を測る対象として使われます。
シリウス
シリウスは、おおいぬ座にある恒星です。
太陽を除くと、地球から見える恒星の中で最も明るく見える星として知られています。
日本など北半球の中緯度地域では、冬の夜空で特に目立ちます。
明るく見つけやすいため、天文航法でも重要な観測対象です。
ただし、シリウスが常に特定の方角を示すわけではありません。
観測時刻と高度、天体の位置情報を使って、船の位置を計算します。
カノープス
カノープスは、りゅうこつ座にある明るい恒星です。
太陽を除くと、シリウスに次いで全天で2番目に明るく見える恒星です。
南寄りの空に見えるため、古くから南方航海の目印として利用されてきました。
日本では地域によって見え方が大きく異なります。
九州や四国、紀伊半島、関東南部などでは、条件が良ければ南の地平線近くに見えることがあります。
一方、東北北部や北海道などの緯度が高い地域では、基本的に観測できません。
ベガ
ベガは、こと座の最も明るい恒星で、日本では七夕の「織姫星」として知られています。
アルタイル、デネブとともに夏の大三角を構成しています。
日本など北半球の中緯度地域では、夏から秋にかけて見つけやすく、天文航法で利用される代表的な恒星の一つです。
アルタイル
アルタイルは、わし座の最も明るい恒星で、七夕の「彦星」として知られています。
ベガ、デネブとともに夏の大三角を形成します。
夜空で比較的見つけやすく、六分儀による天体観測にも利用されます。
デネブ
デネブは、はくちょう座の最も明るい恒星です。
ベガやアルタイルとともに夏の大三角を構成しています。
見かけの明るさはベガやアルタイルより控えめですが、航海恒星の一つとして天文航法に利用されます。
アークトゥルス
アークトゥルスは、うしかい座の最も明るい恒星です。
日本では春から初夏にかけて見つけやすい星です。
北斗七星の柄のカーブをそのまま延長すると、アークトゥルスに到達します。
この星の探し方は「春の大曲線」と呼ばれています。
スピカ
スピカは、おとめ座の最も明るい恒星です。
北斗七星の柄からアークトゥルスを通り、さらに同じカーブを延ばしていくと見つけられます。
アークトゥルスとともに、春の夜空を代表する明るい星です。
カペラ
カペラは、ぎょしゃ座の最も明るい恒星です。
日本など北半球では、秋から冬にかけて観測しやすく、黄色みを帯びた明るい星として見えます。
比較的北寄りの空を通るため、北半球では利用しやすい航海恒星の一つです。
リゲルとベテルギウス
リゲルとベテルギウスは、オリオン座を代表する恒星です。
リゲルはオリオン座の足にあたり、青白く見えます。
ベテルギウスは肩の位置にあり、赤みを帯びて見えます。
オリオン座は形が分かりやすいため、冬の夜空でほかの星を探す際の基準にもなります。
リゲルとベテルギウスは、どちらも天文航法に利用される航海恒星です。
アンタレス
アンタレスは、さそり座の中心部にある赤い恒星です。
さそりの心臓にあたる位置にあり、日本では夏の南の空で目立ちます。
アンタレスという名称には、「火星に対抗するもの」や「火星のライバル」といった意味があります。
赤い色が火星に似ていることが名前の由来です。
星座を使って方角を知る方法
オリオン座の動きから東西を推測する
オリオン座は、中央に3つの星が一直線に並ぶ「三つ星」があるため、見つけやすい星座です。
オリオン座の三つ星は天の赤道に近いため、おおよそ東寄りの空から昇り、西寄りの空へ沈みます。
そのため、昇り始めや沈む直前の位置を確認すれば、東西のおおよその方向を知る手がかりになります。
ただし、星が昇る位置や沈む位置は、観測地点の緯度や季節によって変化します。
オリオン座の三つ星が常に正確な東西を示しているわけではありません。
また、すべての星が東から昇って西へ沈むわけではありません。
北極星周辺の周極星のように、観測地点によっては地平線の下へ沈まない星もあります。
夏の大三角を利用する
夏の大三角は、ベガ、アルタイル、デネブの3つの恒星によって形成される星の並びです。
正式な星座ではなく、複数の星座の明るい星を結んだ「アステリズム」と呼ばれるものです。
日本など北半球の中緯度地域では、夏から秋にかけて見つけやすく、ほかの星座を探すための基準になります。
ただし、夏の大三角だけを見て、真北や真南を正確に決めることはできません。
本格的な天文航法では、ベガ、アルタイル、デネブをそれぞれ個別の恒星として観測します。
冬の大三角を利用する
冬の大三角は、シリウス、ベテルギウス、プロキオンの3つの恒星で構成されています。
こちらも正式な星座ではなく、複数の星座にまたがるアステリズムです。
日本では冬の夜空で非常に見つけやすく、オリオン座と組み合わせることで、夜空の位置関係を把握しやすくなります。
ただし、冬の大三角そのものが正確な方角を示すわけではありません。
星を使って船の位置を求める天文航法
六分儀で天体の高度を測る
星を利用した航海では、六分儀という観測器具を使います。
六分儀は、水平線と太陽、月、惑星、恒星などの間の角度を測るための道具です。
観測者は六分儀の鏡を調整し、天体の像が水平線に接するように合わせます。
そのときに読み取った角度が、天体の観測高度です。
ただし、六分儀で読み取った値をそのまま計算に使うわけではありません。
実際には、六分儀自体の器差、観測者の目の高さ、大気による光の屈折などを補正する必要があります。
太陽や月を観測する場合には、天体の見かけの大きさや視差に関する補正も行います。
天文航法には正確な時刻が必要
天文航法では、天体の高度だけでなく、観測した正確な時刻が必要です。
地球は約24時間で360度回転するため、1時間の時刻の違いは約15度の角度の違いに相当します。
4分の時刻差は経度約1度、1秒の時刻差は経度約15秒角に相当します。
赤道付近では、時計が4秒ずれると、理論上は経度約1分、距離にすると約1海里の誤差につながります。
実際の位置誤差は緯度や観測条件によって変わりますが、正確な時刻が航海にとって非常に重要であることに変わりはありません。
そのため、かつての遠洋航海では、揺れる船の中でも正確な時刻を保てる航海用クロノメーターが重要な役割を果たしました。
航海暦と照らし合わせる
観測した天体の高度と時刻は、航海暦に記載された天体の位置情報と照らし合わせます。
航海暦には、特定の日時に太陽、月、惑星、恒星が天球上のどこにあるかがまとめられています。
同じ時刻に同じ天体高度が観測される地点は、地球上では一つの円を形成します。
この円は、天体の真下にあたる地点を中心とした「等高度圏」です。
実際の航海では、等高度圏のうち船の推測位置付近にある短い円弧を、直線に近似して海図上に描きます。
この直線を「位置の線」と呼びます。
一つの天体だけでは現在地を確定しにくい
一つの天体を一度観測しただけでは、通常、船の位置を一点に確定することはできません。
一回の観測から分かるのは、船が一本の位置の線上のどこかにいるということです。
そこで、異なる方角にある2つ以上の天体を観測し、それぞれの位置の線を求めます。
複数の位置の線が交差する地点が、船の推定位置です。
観測対象は恒星に限らず、太陽、月、惑星も利用できます。
また、時間を置いて同じ天体を観測し、その間の船の移動量を考慮して位置を求める方法もあります。
誤差三角形とは
3つの天体を観測した場合、観測や計算に誤差があると、3本の位置の線が一点で交わらず、小さな三角形を作ることがあります。
この三角形は「誤差三角形」などと呼ばれます。
実際の現在地は、単純に三角形の中心と決めるわけではありません。
観測誤差の傾向、船の推測位置、位置の線の交差角度、周辺の浅瀬や岩礁などを考慮して判断します。
恒星以外に航海で利用される天体
太陽
昼間の天文航法では、太陽が最も重要な観測対象です。
太陽が観測地点の子午線を通過し、その日の最も高い位置付近に達したときの高度を測ります。
その日の太陽の赤緯を航海暦で確認し、観測高度と組み合わせることで、船の緯度を求められます。
日本では太陽が南側を通過する場合が多いため「南中」と呼ばれますが、熱帯地方や南半球では太陽が北側を通過することもあります。
世界規模の航海では、「子午線通過」や「正中」と表現するほうが正確です。
また、太陽の高度と正確な時刻を利用して位置の線を求めることもできます。
月
月も天文航法に利用できますが、背景の恒星に対して比較的速く位置を変えるため、正確な航海暦と複雑な補正が必要です。
かつては、月と太陽や恒星の間の角距離を測り、基準となる時刻を求める「月距法」が使われていました。
月の位置を天空の時計として利用し、基準時刻と船上の時刻を比較することで、経度を求める方法です。
ただし、月距法には大気差や月の視差などに関する複雑な計算が必要でした。
精度の高い航海用クロノメーターが普及すると、経度を求める主要な方法としては次第に使われなくなりました。
金星や木星などの惑星
金星、木星、火星、土星などの明るい惑星も、天文航法の観測対象になります。
特に金星と木星は明るいため、日の出前や日没後の薄明時にも見つけやすい天体です。
朝夕の薄明時は、複数の天体と自然水平線を同時に確認しやすいため、天文観測に適しています。
ただし、惑星は恒星に対して位置を変えるため、観測日時に対応した航海暦が必要です。
航海の目印として星を見る際の注意点
星は常に同じ方角に見えるわけではない
北極星を除く多くの星は、地球の自転によって時間とともに位置を変えて見えます。
同じ星でも、夕方に見た位置と深夜に見た位置では異なります。
また、季節によって見える星座も変化します。
北極星も完全に静止しているわけではなく、北天の極の周囲を小さく回っています。
そのため、「この星がある方向が常に東」「この星がある方向が常に南」と単純に判断することはできません。
観測場所によって見える星が異なる
見える星や星座は、観測地点の緯度によって変わります。
北へ移動するほど北の星は高く見え、南の星は低くなります。
南へ移動するほど北極星は低く見え、南半球では通常見えなくなります。
反対に、南十字星は南へ移動するほど見やすくなります。
日本では、南十字星を観測できる地域が南西諸島の一部に限られるように、観測地点によって見える星は大きく異なります。
天候や水平線の状態に左右される
雲や霧が多い日は、星を利用した観測ができません。
また、天文航法では水平線を基準に角度を測るため、波が高い場合や海面付近がかすんでいる場合には、観測誤差が大きくなります。
船の揺れ、観測者の目の高さ、大気による光の屈折、六分儀の調整状態なども観測結果に影響します。
正確な位置を求めるためには、これらの誤差を補正する必要があります。
現代の航海でも星は使われるのか
現代の船舶では、GPSをはじめとするGNSS、レーダー、電子海図、ジャイロコンパスなどの機器が航海の中心です。
そのため、通常の航海で星だけを頼りに船を進めることはほとんどありません。
しかし、天文航法が完全に不要になったわけではありません。
衛星測位システムは、人工衛星からの電波や船上の電子機器に依存しています。
機器の故障や停電、電波妨害、位置情報の偽装などが発生すると、正確な位置を確認できなくなる可能性があります。
天文航法は、衛星測位システムや外部の電波に依存せず、天体と水平線、正確な時刻があれば位置を確認できる方法です。
そのため、国や教育機関、海軍などによっては、非常時に備え、現在でも六分儀や航海暦を使った天文航法の教育や訓練が行われています。
航海の目印になる星のまとめ
航海の目印として最も有名な星は、北半球で見られる北極星です。
北極星は北天の極の近くにあるため、その方向はおおよそ真北を示します。
また、北極星の高度を測ることで、観測地点の緯度をおおよそ推定できます。
南半球では、南天の極の近くに北極星のような明るい星がないため、南十字星の長軸を延長して南天の極と真南の方向を推定します。
本格的な天文航法では、北極星だけでなく、シリウス、カノープス、ベガ、アルタイル、アークトゥルス、スピカなどの航海恒星を観測します。
さらに、太陽、月、金星、木星などの天体も利用されます。
六分儀で天体の高度を測り、正確な時刻と航海暦を使って位置の線を求め、複数の位置の線を交差させることで、海上における船の現在地を判断します。
星は単なる方角の目印ではありません。
近代的な測位技術が登場する以前から、広大な海を渡る船乗りたちを支えてきた、重要な航海手段です。
以上、航海の目印になる星についてでした。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。















